10 8/27 UPDATE
大英帝国が誇るペーパーバック界の雄、「ペンギン・ブックス」の膨大なカタログから、その表紙デザインの歴史を追っていった労作が本書である。掲載された表紙画像はなんと500点。数も多いが、希少なものも多い。1935年、イギリス初のペーパーバック専門出版社として設立された当初のリリース作から掲載はスタートしているので、かなりマニアックなコレクターであったとしても、見たことがない表紙がかならず(しかも、かなり大量に)ここにあるはずだ。ペンギン・マーク(および、ほかのサブ・レーベルの鳥)の図案の変遷一覧が載っているのも嬉しい。
それにしても、ペーバーバックという「モノ」は、なぜこれほどにも美しく、かわいらしく、楽しい気分になるのか。読めなくても(読まなくても)コレクトしたくなるほどの「本」が日本にもあるのだろうか。僕は文庫本というフォーマットはひじょうに好きなのだが、とはいえ、表紙まわりのデザインに関しては、惹かれるものはさして多くはない。「活字を追う愉しみ」ということについて、なにか根源的な認識の違いが彼我のあいだに横たわっているのだろうか。そんなことを深く考えこまされるのは、ディック・ブルーナや、ブルーノ・ムナーリの装丁作品集を見たとき以来のことだ。
本書によると、イギリスのペーパーバックとは、元来、「ハードカバーを出した出版社」から版権をおろしてもらって出す廉価版としてスタートしたのだという。廉価版だから、なによりも、売れなければならない。だから簡潔にしてキャッチーなデザインを開発することが必須だった、ということ。そしてそれは、時代に合わせてつねに進化と発展をくりかさねばならなかった、ということ。タイポグラフィ革命からグリッド・システム革命を経て、世界中に「ペーパーバック・フェティシズム」とも呼べるものを一般化させていった、ということ......それはなんと、彼らの言語の文芸にとって幸福なことだったのか。本書はカバー・アート集、グラフィック・デザイン史の一断面をとらえた書籍としてすぐれているだけではない。本を、活字表現を、文芸を愛する人々の心を「乗せる」ことができたペンギン・ブランドのあくなき努力と創造の歴史がここに詰まっているのだ。電子書籍元年(?)だからこそ、知っておくべきアナログならではの美しさ、楽しさ満載の一冊だといえる。
Text:DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「ペンギンブックスのデザイン 1935-2005」
フィル・ベインズ著
山本太郎(アドビ・システムズ)監修
齋藤慎子・翻訳
(ブルース・インターアクションズ)
2,940[税込]