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ラフガイド・トゥ・レゲエ

ラフガイド・トゥ・レゲエ

決定的なレゲエ事典と呼べる、伝説の1冊がついに邦訳

11 3/02 UPDATE

もし僕が『マトリックス』パート1のキアヌ・リーヴスだったら、本書を読み終えたあと、裏表紙に手を置いてきっとこう言っただろう。つまり睡眠学習(?)のあとでキアヌ演じるネオが「I know Ju-Jitsu」とつぶやいたあの口調で「I know Reggae」と......そこまで言ってしまいたくなるほどの、まさに、これは、「レゲエの奥義秘伝書」と呼んでもいい一冊なのではないか。

まずはそのボリュームに圧倒される。A5版ハードカバーで620ページ(!)。しかも二段組み。そして本文文字は、これは5ポイントぐらいか?──要するにちょっとした辞書なみの物量で、ただただ「レゲエ」について書かれているという、そういう本だ。しかもその記述が、滅多矢鱈に、面白い!

基本的な構成は、レゲエの起源から今日にいたるまで、時系列に沿ってその歴史を語っていく、というもの。そのなかの随所に、レコード紹介(約1300枚)、アーティスト紹介(1200名以上)、またはコラムやインタヴューを挟んでいく、という作り。情報量の多さ、その精度の高さは当然として、特筆したいのは、その圧倒的なリーダビリティのよさだ。一種の群像劇のように、「レゲエにまつわる人々」が活写されていく様は、見事と言うほかない。タイトな筆致でありながら、いたるところに登場する「こぼれ話」が、巨大なストーリーをドライヴさせていく。

たとえば、みなさん知ってましたか? ドン・ドラモンド、ジョニー・ムーア、リコ・ロドリゲスらが全員、キングストンのとある感化院的な学校の卒業生で、同校の楽団で腕を磨いていた、とか。または、あるときデューク・リードの極悪なる手下連中に狙われたリー・ペリーを救ったのが元ボクサーのプリンス・バスターだった、とか......そんな「いい話」が満載。そして僕らは知ることになる。これが「聖典」と呼ばれるに値する一冊である、と。

本書のダスト・カバーを外すと、つや消しブラックの地色に、金文字のシンプルな英文で書名などが記されている。この体裁と本文の記述スタイルから、僕が思い起こしたのは、旧約聖書だ。一人一人の行為と関係性が無限に集積されて、それが「レゲエ」という大河を構成していく様は、聖書のそれとひじょうによく似ている。レゲエに関する書物は数あれど、その全体像を、これほど簡潔に、ダイナミックに抽出することに成功したものは、ほかにはあり得ない、と断言していいだろう。読めば間違いなく「レゲエ免許皆伝」となるような、とてつもない一冊が本書なのだ。

もっとも、世の中には「レゲエに興味がない」という人だっている、ことを僕は知っている。ポップ・ミュージックに興味がありながらも「レゲエが嫌い」という人がいることも(そこにどんな理由があるのか、僕にはまったくわからないが)知っている。そうした人「以外」にとっては、これは、生涯に一度出会えるか否か、といったレベルの書物となるだろう。97年に英語版の原著が発売された時点で斯界に衝撃を呼んでいたこの重厚なる作、その増補改訂3版を、9年間かけて日本語訳したものがこれだ。おそらくは少部数なので、将来かなりのプレミア付きで取り引きされることは間違いない。あなたが「それ以外」の人でない、ならば。ジャマイカと同じく、頭に「JAH」の音を関した国の者として、この奇跡のような音楽文化の洪水にまみれたい、と願う人ならば、迷う必要はない。日本語で、こんな本を読める──これは、歴史に残る「事件」であり、福音だ。

text:Daisuke Kawasaki(Beikoku-Ongaku)

「ラフガイド・トゥ・レゲエ 」
スティーヴ・バロウ、ピーター・ドルトン共著
家永直樹・監修&訳 二階 優子・訳
(河出書房新社)
9,240円[税込]