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日本盤オールディーズ・シングル図鑑 1954~1964

日本盤オールディーズ・シングル図鑑 1954~1964

日本におけるポップ・ミュージック移入期の、みずみずしい精神の躍動の記録

11 6/17 UPDATE

この種の企画──つまり、米欧洋楽ポップス日本盤の希少盤紹介──にかんして、他者の追随をゆるさぬ著者(広島にてレコード店『ジスボーイ』を経営)が、満を持して発表した「すごい」と言うほかない一冊がこれだ。

掲載されているシングル盤は、ロックンロール登場直前から、ビートルズ登場前夜まで。この期間の「日本盤」洋楽シングルが、3000枚以上(!)もフィーチャーされている。しかも、そのすべてが、カラーで(!)。著者によると、この期間に発売された洋楽の邦盤シングルは約4000枚あり、そのうちポップス系以外のものを排除した「ほとんどすべて」のレコードが、本書には収録されているのだという。時価総額は一億円強(!)。山下達郎御大も、私蔵の盤を本書のために貸し出したそうだ。これを眼福と言わずに、なんと言おうか。

見どころは、いろいろある。さすがにこれだけの枚数が集まると、自分が所有しているものもある。中古レコード店で、目にしたものもある。一度も見たこともない、いわゆる伝説の「これがあれか!」と興奮させられるものも多数......といった、「盤主体」の楽しみかたがひとつ。もうひとつは、「プロダクトとして」のシングル盤の魅力というやつだ。本書の対象期間、その開始時期というのは、日本製の45回転・7インチのヴァイナルが商品化されたころと合致する。そこからの10年間ということは、おおまかに言うと「昭和30年代」ということだ。この時代の日本人が、いかに強く「洋楽」に焦がれ、それを積極的に移入しては、「日本盤」として置き直していったのか、といった過程が、一枚一枚のスリーヴ・デザインの連鎖から湧き上がってくる。

たとえば、54年当時のデザインは、洋盤そのままのものが多い。それがだんだん変化していって、日本語のレタリングほか、デザインされる幅が増えていく。とくに2色刷りのスリーヴ群が、味わいぶかい。アルバムに比べて、「日本サイドのデザイン幅が大きい」というところが、シングル盤の魅力だということも再認識させられる。コラム記事にて紹介されている「シングル盤内袋デザインの分類」は、きわめて秀逸。だれかにこういうことを書いてほしかった。

今日の日本の商業音楽は、なにもかもが「J」化して、つまり鎖国の果てに文化的退行がおこり、野蛮化していったあとの燃えかすばかりのように僕には見える。本書は、それとはまったく逆の位相「だけ」に焦点があてられたものだ。世界に向けて開かれた目と、旺盛なる好奇心、そして「なんでも学んでやろう」というバイタリティーが、そこにはあった。日本におけるポップ・ミュージック享受、およびその後の国産化の原点となった時代の、みずみずしい精神の躍動の記録として、ちょっとこれはすごい一冊なのではないだろうか。

text:Daisuke Kawasaki(Beikoku-Ongaku)

「日本盤オールディーズ・シングル図鑑 1954~1964」
菅田泰治・編著
(シンコーミュージック・エンタテイメント)
3,675円[税込]