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もしかしたら本作は、『へうげもの』と同レベルの、革命的な一作となるマンガなのかもしれない。
週刊モーニング誌上で連載中のこの『グラゼニ』、(スワローズのような)在京プロ野球球団に所属する中継ぎ投手、凡田夏之介が主人公。プロ8年目の28歳にして、年俸は「微妙な」1800万円──サラリーマンとしては「決して悪くはない」この年俸が、なぜ「微妙」なのかというと、肉体勝負のプロスポーツは、「つぶしがきく」期間があまりに短いから......ということが、まず「夏之介」のモノローグで語られる作品冒頭から、なにかというと、「労働とカネ」の話が出てくる野球マンガが本作なのだ。夏之介の特技が12球団全選手の年俸を暗記している(!)という設定で、たとえば「年俸が」自分より格上の打者には気圧され、「年俸が」格下の者には強い、という原則をもとに、プロ野球選手という名の「労働者」の泣き笑いが軽妙につづられていく......という基本構造が革新的。本作は、プロ野球選手を、おそらく歴史上はじめて「シビアな環境で仕事をする職業人」として描くことで、マンガ史に残る一ページをめくってしまった、のかもしれない。
たとえば、山岡の年俸がいくらなのか、真剣に気にしていたら、『美味しんぼ』なんてアホらしくて読めないだろう。つまり「お金の話は、ナシよ」というファンタジーの上で成立していたのが、これまでの大多数のマンガだった。かつて、お金のリアリティをこそ作品の主軸としてマンガ界に激震を走らせたのが『ナニワ金融道』だったが、本作はそれと近い意味で「プロフェッショナルを描くマンガ」の新境地を切り開いてしまった、のかもしれない。
「プロ」とは、「固有の技芸で報酬を得て生活を成り立たせる社会人」と言い換えることができる。ミュージシャン、デザイナー、文筆業者、漫画家といったクリエイター系職種はもとより、ドライバー、漁師、大工といった職人系も、すべて「この腕で食えるかどうか」がまずまっさきに問われる。会社員であっても、終身雇用と年功序列が崩れた現代、「プロ化」が進行していると言ってもいいだろう。であるから、たとえばプロ野球選手の契約更改シーズンなど、「年俸がいくら上がったのか下がったのか」スポーツメディアはいつも大騒ぎをする。「この部分」にかんするリアリティ、そこへの大衆の興味を主軸にすえて、「働く人々」の実感を描いたマンガは、これまでどれぐらいあったのだろうか。
『グラゼニ』というのは、「グラウンドにはゼニが埋まっている」の略だそうだ。プロ野球界を舞台に、「働くプロ」の姿をエンターテイメントとして成立させた本作、唯一注文をつけるところがあるとすれば、(といっても、これは編集者の責任かもしれないが)「超格差社会がプロ野球界」という表現が散見されるところ。「格差」ではない。「埋めがたく、固定化された階級」でもない。そこにはピラミッド型の「ヒエラルキー」があるだけだ。たったひとつの頂点の下では、「それぞれの階層」に属する者が、自分にできるかぎりの全力で「グラゼニ」をつかもうとしている。だからこそ、それぞれの場所で、職業人としての奮闘や達成といった、幾多のドラマが生まれる。日々闘いつづける「プロ」の前には、なんの格差社会もありはしない。
B級バンド愛好家などにとっても、たまらないものがある一編なのではないか。
text:Daisuke Kawasaki(Beikoku-Ongaku)
「グラゼニ」 (1)
森高夕次・原作 アダチケイジ・画
(講談社)
570円[税込]