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新編・バベルの図書館 第1巻

新編・バベルの図書館 第1巻

読むことの喜びを体験する、圧巻の「アメリカ作家特集」

12 12/19 UPDATE

およそ縦22センチ × 横12センチの長方形の判型。銅版画調の装画をあしらったカヴァー・デザインはオリジナルのイタリア版を踏襲。もちろん各巻冒頭には、ボルヘス御大の序文もあって......まさに、めくるめく読書体験を与えてくれた旧版・バベルの図書館が新刊書店から姿を消して、ずいぶん経つ。ここで紹介する「新版」は、旧版の全30冊を6冊にまとめ直してリリースされるものだ。旧版の軽みとは打って変わって、旧約聖書めいた黒々とごついハードカヴァーとなる。なかでも、まず僕がお薦めしたいのは、全560P(!)の第1巻「アメリカ作家特集」だ。

収録されている作家は5名。エドガー・アラン・ポーは「盗まれた手紙」ほか全5篇。ヘンリー・ジェイムズは「友だちの友だち」ほか4篇。ハーマン・メルヴィルは「代書人バートルビー」。そして、ナサニエル・ホーソーンだ。「人面の大岩」「地球の大燔祭」「ヒギンボタム氏の災難」「牧師の黒いベール」......どれもいいに決まっているが、なにより「ウェイクフィールド」がすごい。妻を置いて姿を消した主人公が、すぐ隣の家に隠れ住んだまま二十年以上を過ごす――という話。そしてジャック・ロンドン。「死の同心円」! 「影と光」!......この常軌を逸したパワーをなににたとえよう。『ジョジョの奇妙な冒険』の真なる祖先? 長らく日本では「動物もの作家」としてしか認識されてこなかったロンドンの魔人めいた筆が冴えわたる、おいしいところ5篇が収録されている。

小説を読む究極的な喜びの源とは、僕の場合、「自分がいなくなる」ことにある。読んでいるあいだ、僕という存在はすべて、書かれてあるテキストを追っていくだけの者となる。肉の身はどこにもなくなる。テキストのなかの物語を生き、テキストのなかの記憶を自らのものとする。このとき「うまくいけば」僕は日常の僕自身から、もっとも遠いところまで行くことができる。自分を忘れて、他者の意識のなかに遊ぶことができる。

荒っぽくまとめると「幻想小説集」とも呼べるだろう本書の収録作の数々は、そういった意味で僕にとって恰好の遊び場となり得るものだった。「ゴシック小説」と呼べるものも多いだろう。アメリカ文学の根本に、こうした流れがあったことの意義は、とても大きい。言うなれば、のちのアメリカに「のみ」ブルースが、ロックンロールが生まれ得た理由。バットマンが誕生した理由。TVドラマ『LOST』が制作されて大ヒットした理由の遠き源流がここにある。

あなたがもし、「読むこと」で一時でも自分を消してしまいたい、と望む人なら。「他人の人生を歩んでみたい」と思ったことがあるなら。「文章による芸術とは、どういったものなのか」興味があるなら。それよりなにより「びっくりするような面白い話」を探しているのなら、本書に挑戦してみる価値はある。遥かなる過去から未来まで、人類が書くものはすべて、結果的には「一冊の本」となるものの一部分でしかないのだ、というのがボルヘスの思想だ。「読むこと」でそこに参加できるのならば、それほどまでに胸躍る体験、ほかに滅多にあるもんじゃないでしょう、と僕は思う。

text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)

「新編・バベルの図書館 第1巻」
ホルヘ・ルイス・ボルヘス監修 
(国書刊行会)
6,090円[税込]