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渋谷の今昔アルバム

渋谷の今昔アルバム

2013年の「いま」と「かつての光景」の定点比較による、「渋谷」のアルバム

13 6/03 UPDATE

渋谷駅の周辺、それから区内のいろいろな場所を、今日の写真と過去のそれによって「今昔対比」していく、というのが本書だ。もっとも、この種の企画は珍しいものではない。ただその題材となったのが「渋谷」だという一点で、僕は本書に興味を持った。「今日の渋谷」と過去の写真を対比することによって、おもに半世紀以上前の光景を蘇らせる、という狙いに惹かれた。

ここで言われている「いまの渋谷」というのは、限りなく、2013年の「いま」である。ヒカリエあたりと、開業したばかりの東急東横店とが対比されたりしているのだから、そう言っていい。つまり、ここの「いま」とは、東横線渋谷駅が大改造されたあとの「いま」だと思っていい、ということだ。要するに、電鉄会社が、そのグループ企業が、本来は最も優遇されるべき「日々の乗客」をついには物言わぬ家畜の群れと同様と見なして「あいつらは、どうせ、どうなっても運賃払いつづけるから」として、通勤通学の苦痛を数十倍増にしたあげく、地上げによる街の再改造に狂躁することに一切恥じるところはない、という姿勢を鮮明にさせた「いま」だということだ。あの新たなる醜いビルの、居心地の悪い、バランスを欠いた内装に、いまにも折れてしまいそうな仮設調の外観のみっともなさに、渋谷の「未来」を見てとることは可能だろう。真っ黒な未来を。

かつての渋谷は、ずいぶんと趣きが違った。本書に収録されている「過去の光景」のなかで、僕が最も興味を引かれたのは、東急東横店の屋上、現在の東館から西館まで運行していたという子供向けのゴンドラ「ひばり号」が空中を行く雄姿だ。ロープウェイは75メートルあったのだという。ちなみに西館は、かつては「玉電ビル」であり、玉電の車両と都電のそれがハチ公口に並ぶ様をとらえた一枚も壮観だ。西口の夜景を撮影した写真に着色した絵ハガキもとてもいい。背の高い建物がほとんどなく、道幅とのバランスもよく、まるでソ連崩壊前夜の東欧のようだ。もちろん東急文化会館の写真もある。これは僕もよく憶えている。僕の記憶では、「なんの理由の説明もなく」取り壊されて、そのあと長く、更地のまま放置されていた、あの場所に建っていたビルだ。更地の状態を指して「グラウンド・ゼロだ」なんて言う奴もいた、そこにあった、悪くはないビルだった。屋上にはプラネタリウムもあった。

一日の大半を渋谷で過ごす、ということを、かれこれ20年ぐらい僕はつづけていた。そのあいだにも、「ずいぶん変わったな」と思ったことは、何度もあった。その「変わりかた」にはなんの法則性もなく、むき出しになった強欲とその利害の衝突だけしか見えてこなかった。都市計画はなく、正常に機能するコミュニティもなく、そこから生じるべき公益性の低さは驚異的で、世界有数の「高いカネをつぎこんだあげくの」醜悪なる街の代名詞のひとつが渋谷だったはずだ。

それでもなお、この現在と、「都市として」産声を上げ始めた遠い過去とを定点で比較を試みてみたならば、感興が生まれ得ることもある、ということを僕は本書で知った。未来の渋谷がどうなるのかなど、わかりたくもない。しかし、「いま」ならば、「かつての光景」との比較は、かろうじてまだ可能なのだと知った。

text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)

「渋谷の今昔アルバム」
三好好三 生田誠 共著
(彩流社)
1,575円[税込]