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「日本で初めてビートルズを撮影した」ロックンロール・フォトグラファー、長谷部宏の30年間にわたる膨大な仕事歴を追った一大絵巻が本書である。もちろん、大量の写真群がまず素晴らしい。さらに、長谷部に肉薄し、証言を取っては物語を紡ぐ著者の熱意も素晴らしい。洋楽誌『ミュージック・ライフ』を舞台に、両者は何度もいっしょに仕事をしていたそうだ。
同誌に対しての僕の複合感情については、以前当欄に書いた。どうしようもないパンクス(でありたかった)10代のころの自分が『ミュージック・ライフ』を手にとるときは、決まってその「掲載写真」を見るためだった。本書にも載っている、来日したクラッシュの写真、マドンナの写真、東京タワー足下に並んだクイーン、オーストラリアで全員でコアラの子を抱くポール&リンダ・マッカートニーと子供たち......そのほか、いい読者ではなかった僕にとってすら、強く印象に残っているものも多い。初めて見る、貴重きわまりないだろうものも多い。70年代のストーンズ、ジミヘン、ボウイ、チープ・トリック、エアロから、80年代はジャム、スタカン、ジャパン、90年代のプライマルやオアシスまで、とにかく、とにかく被写体が多彩だ!
かつて、あらゆる洋楽誌のなかで『ミュージック・ライフ』の「撮り下ろし写真」の物量とその充実度は、まさに圧倒的だった。つまり「取材力があった」ということだ。取材費があり、取材対象やその関係者からの信頼が厚く、機動的に動ける人材がいた──という、これらの総合力が『ミュージック・ライフ』を洋楽誌のNo.1として長らく君臨させた要因のひとつだったはずだ。そんな同誌のスタッフのなかでも「最強の機動力」を誇っていたのが長谷部だった、ということがよくわかる。1964年のパリから本書のストーリーは始まる。『ミュージック・ライフ』から初めての発注を受けたころ、長谷部はパリにいて、イブ・モンタンら仏映画のスターを撮っていたからだ。そこからスタートする、「日本人と洋楽が邂逅していく」そんな大河ドラマめいた激流の中心で活躍したひとりのフォトグラファーの奮闘記、それが本書なのである。
思い出してほしい。たとえば、ワン・ダイレクションの「ワン・ウェイ・オア・アナザー(ティーンエイジ・キックス)」のPV。日本でシューティングされた「同じ振り付けで踊る、ホールいっぱいの観客」というシーンがある。そこで観客を背にして、段上にて法被姿でポーズするメンバーたち──この光景、言うまでもなくこれは、日本における「洋楽アイドル」の栄光の歴史の再現だ。歴史をよく知る英国のプロフェッショナルの面々が、そのイメージをアップデートしてみせたということだ。洋楽のこうした受容形態、熱気あるユーザー層を結果的にたゆまず育て上げていたのが長谷部の写真であり、『ミュージック・ライフ』だったとうことは、論をまたないだろう。
いつのころからか、日本人の手による洋楽ロックンロール・フォトグラフィーは、もっと投げ遣りな仕事になった。撮り手の熱や夢を賭けて、身体を張ってやる作業ではなく、行き当たりばったりのスナップ・ショットが主流となっていった。ドキュメンタリーでも、ポートレートでもないものが「普通の洋楽ロック・フォト」となって、そして衰退していった。いまや「だれもが携帯で撮れる程度のもの」であり、「ネットから携帯に簡単に呼び出せるもの」ともなった。
そうなる前の、本質的な意味で冒険に満ちていた日々の記録がここにある。その証拠写真も、もちろん、文字通りこの一冊のなかに満載されている。
text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)
「ロックンロール・フォトグラフィティ 長谷部宏の仕事」
赤尾美香・著
(シンコーミュージック)
1,890円[税込]