13 9/10 UPDATE
いまはカタカナ語として日本でも通用する、警官を指す俗称「コップ(Cop)」が、イギリスでは「コッパー(Copper)」となることを知ったのは数年前だった。もっとも、たぶん僕は、英語の会話の中で「コップ」とも「コッパー」とも、口にしたことはほとんどない。なにか特別な意図がないかぎりは、僕は普通、「ポリスマン(ウーマン)」か「オフィサー」と言うはずだ。会話の相手もそうであることが多い。であるから、僕が耳にしたことがある、「コップ」も「コッパー」も、それらの大半は、現実世界から生じた音ではない。スクリーンやTVから、映画やドラマの登場人物の口から発せられたものだったはずだ。クライム・ストーリーを描いたものなどから。
本書は、英語圏における「そういった世界の言葉」を集めに集めて、和訳と解説を加えたものだ。犯罪や捜査、司法にまつわる「俗語・隠語・成句表現など」3000を収録している。ここに僕は「符牒」という分類も付け加えておきたい。一例として、本書に収録されている「Adam Henry」──これは警官が使う俗語で「Asshole」の言い換えなのだそうだが、たしかに、こう言い換えると、どこででも口にすることができる。まさに符牒としての機能を有したひとこととなる。
さてこの「Adam Henry」。「Asshole」の「A」と「H」をポリス・フォネティック・アルファベットで置き直したものなのだが、ではその「ポリス・フォネティック・アルファベット」とは何か?というと、これはたとえば、無線などで聞き間違いが起きないように、「『A』と言いたい場合には『Adam』と言う」といった事前の決めごとに基づいて運用されるアルファベットの「符牒」を指す。「アダム12」というと、それは「Aの12」という意味になる。ちなみに、「A」と「H」がこう変化するという点がまず「警官式」の特徴であって、LAPDが開発したものらしい。これが米軍由来のNATO式になると、Aは「Alpha」でHは「Hotel」になる。たしかに「アルファ・ホテル!」よりも「アダム・ヘンリー!」のほうが、より悪罵っぽく、「アスホール!」っぽく聞こえる気がするから、不思議だ。
というような、日本でのごく普通の健全な日常生活には、ほとんどなにも関係がない(ないほうがいい)知識がとてつもなく高まってしまう、そんなきっかけとなる一冊が本書である。TVの脇にぜひ一冊そなえておいて、英語圏の映画やドラマを鑑賞時に、なにかわからない単語があれば、本書で調べるようにするといい。人生がすこしばかり豊かになるかもしれないし、もしかしたら将来、不測の事態の只中で、犯罪者の英語の隠語が理解できて──そのお陰で命拾いすることがあるかもしれない。
編者によると、米クライム・ノベル界の巨匠、エド・マクベインの小説を読んでいて、警察用語や犯罪にまつわる俗語の奥深さを知ったところから、この辞典の制作を思いついたのだという。かつて僕は、マクベイン、ハヤカワのポケミス、井上一夫さんの翻訳というトライアングルから日本語の文章の書き方についてすくなくない知見を得た。であるから、いまこうして本書から、知らない英単語、熟語を学んでいくことはとても楽しい。
書店ならば、辞書や語学のコーナー、英和辞典の棚に本書はある。辞書というものは、基本的にどれもとても面白いものだが、本書のそれは、もちろん大いに群を抜いている。
text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)
「犯罪・捜査の英語辞典」
山田政美/田中 芳文 編著
(三省堂)
2,310円[税込]