13 10/04 UPDATE
どうやら、よく売れているらしい。ここのところ僕が立ち寄った書店の多くでは、平積みにされたり、大きくディスプレイされたりしていた。『POPEYE』誌の9月号で特集されたことが、いまの状況につながったようだ。それ自体はよくある話なのだろう。が、ひとつ特筆すべきことは、本書の初版が1977年だということだ。
「お金をかけないでシックに着こなす法」とサブタイトルを与えられた本書、アメリカで原著が発売されたのは1975年だった。翻訳者は片岡義男さん。77年に日本版が刊行されてから、一度も絶版となることなく、刷り続けられてきた。僕の手元にある一冊は、85年に発行された第8刷だ。いま店頭にあるものが16刷なのだという。ここに至るまで、まさにコツコツと部数を伸ばしてきたことがわかる。こうしてロングセラーとなっていることが、ちょっとした「いい話」であるように、まず僕には思える。しかし同時に、悪い意味で日本社会が「変わらなさ過ぎ」であるようにも思える。
本書の原著は、カウンターカルチャーの嵐が過ぎ去って、アメリカ社会が劇的に変化した、そのあと──だれもかれもが「これからどうしたらいいかわからない」と感じていたはずの時代に、世に現れた。ヴェトナム戦争は終わったものの、『タクシー・ドライヴァー』の公開までまだ数ヶ月ほどあった、エアポケットのようなタイミングがそこだった。そんな瞬間に登場した本書は、まずアメリカにて、大いなるインパクトを人々に与えた。より説明的な、原著の副題はこうだ。「Hundreds of Money Saving Hints to Create Your Own Great Look(あなた独自の「かっこよさ」を創造するためにお金を節約する数百のヒント)」。平たく言うと、「自分のスタイル」のための「着こなしのヒント」、アイデアを生み出す「種」のようなものが、多くの写真とともに開陳されているのが本書だということだ。
できるかぎり「お金」はかけないほうがいい──ではない。「かけてはいけない」のだ。無駄なお金など一切。「お金ばかりかけてしまう」のは、あなたという個人が資本主義社会にコントロールされ過ぎていることの、なによりの証だから! そこに「自由」はなく、自由がないところに、「個人の尊厳」など一切ないから!......といったところが、本書の主張のおもだったところだ。確固たる個人として自立するための「自由」を手に入れるのだ。そのための「スタイル」は、「お金をかけないで」実現──できるのである。簡単に、これが、アメリカでは。
実際にアメリカ人の一部は、「本書が発行されたあと」その影響を受けて変わってしまった。その変化は決定的で、だからこの時代以降のアメリカ社会(の一部)は、「本書の影響」が当たり前のように織り込み済みのものへと、本質的に変化してしまっている。
要するに、この「変化」というものが、日本社会には起こらなかったのだろう。本書があろうが、それに先立っていたはずの「カウンターカルチャー」が伝来しようが......変化しない。なにかあったとしても、それは一時的な「ゆらぎ」でしかなく、すぐに旧に復するのだろう。だからいまさら「『POPEYE』が紹介した」というだけで、これほどまでに、新鮮に受け止められるのだろう──と、この部分に、僕は忸怩たる思いを抱く。
そこのところはひとまず横に置いて、具体的な内容を紹介しよう。こんな感じだ──とにかく大事なのは、ベーシック・ウェア。これがないと始まらない。しっかりとしたその土台の上に、古着でいいから、「過去に価値が確定した」クラシックなアイテムを取り入れる。アンティークも、エスニックも、スポーツ・ウェアも、「個性の確立」にはとても有効......アイデアの核心は、大筋こんなところ。いま見てみると、写真の一枚一枚まで、当時の雰囲気をよく現していて、二重の意味で面白い。「最新だ」と提示されていたものが「レトロ」になっている、という面白さだ。ミッド70sらしい、20年代ルック、キャンプ、キッチュ、グラムからサファリ・ルックまで......味わいぶかい。イヴ・サンローラン、ベッツィー・ジョンソンらのインタヴューも収録されていて、コラム・マガジン風の作りと言えばいいだろうか。ファッションのお勉強というよりは、「見て、読んで」楽しめる一冊だと言える。
本書が刊行されて、「変化した」アメリカ人たちは、80年代以降のより高度な資本主義的現実、物質主義、情報中毒にまみれていくことになる。「本書から学んだ」思想があったればこそ、時代の荒波をくぐり抜けることができた人もいたのではないか。
読者のひとりひとりが、未来において「これを読んでおいて、よかった」と思え日が来るかどうかが、この日本版の価値を最終的に決することになるはずだ、と僕は当たり前のことをいま思う。
text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)
「チープ・シック」
カテリーヌ・ミリネア/キャロル・トロイ 共著
片岡義男・訳
2,310円[税込]
草思社