14 6/11 UPDATE
以前当欄で取り上げたことがある『ニセドイツ』という書籍をご記憶だろうか。東西冷戦下、東ドイツの国営企業が生産した工業製品の、あらゆる意味での味わい深さを、豊富な図版と「ここにしかない」情報で立体的に描ききった、世界的に類書はないのではと思わせられるほどの一冊だった。この『ニセドイツ』は第2弾、第3弾までシリーズが続き(3は西ドイツが対象と、『ニセ』認定の範囲が広がったのもよかった)、その流れから生まれたのが本書。「東側諸国」に住んでいた人々の日常生活を、主婦たちが使用した生活雑貨をチェックしつつ眺めていこう、という企画である。
対象となった地域は、ソヴィエト連邦、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、ブルガリア、そして東ドイツの「旧共産圏」。これらの地域の人々の24時間の生活ぶりを、なぜか人形が「現地の主婦に扮して」レポートしてくれる、という体裁になっている。ゆえに紹介されるモノ情報は、生活用品や雑貨の比重が高く、『ニセドイツ』第1弾ほどの工業デザイン・コンシャスぶりはない(といっても、フィアットのライセンスを下ろしてもらった、ポーランド製の『ポルスキ・フィアット』など、忘れがたい物件も多々あるのだが)。どちらかというと、モノにフォーカスするというよりも、汎・旧共産圏の「生活の手触り」を実感するためのオデッセイというのが、本書の正しい楽しみかただろう。
旧共産圏がまだ「旧」ではなかったぎりぎりの瞬間に、一度だけ僕は、ソヴィエト連邦を訪れたことがある。目的を隠してサハリンに潜り込み、取材をした。帰国船に乗った途端、クリミアでゴルバチョフが拘束されて、8.19クーデターが勃発した。出港があと一瞬遅れていたらどうなっていたことか(という話はいずれどこかで書こう)......このとき、かの地に滞在していたあいだの記憶が、本書によって強く喚起された。決してそれは「暗黒で貧窮の東側」などではなかった。いまの日本の郊外の小都市の深夜ぐらいの鄙びかた、だったろうか。夏だったせいか、一切万事がのんびりとおおらかで、それはそれで、悪くはないものだった。
本書に限らず、このシリーズを僕が好む理由はここにある。「逆側の陣営」だった人々や文化への、温かいまなざしが通奏低音のようにいつも漂っているところ。「文化がある生活」と、そこに暮らす人々の内面への、ごくまっとうな親密感が最初にある、というところの、その健全さが魅力なのだ。だからいつも読むたびに、「日本も東側と変わらないのだな」と気づかされる。しかも「往時の」東側に、日本はどんどん似てきているようにすら思える。あの新国立競技場の冗談以下のデザインなど、「旧東側」の、とくに政権中央に近い領域のそれと、どこがどう違うのか僕には判別不能だ。同じ街の同じ時代の出来事のように思えてしょうがない。
といった観点だけではなく、もちろん、雑貨マニア、とくに東欧のそれに目がない人などには、外すことのできない一冊でしょう。「さらに奥」へと分け入ることができること、請け合いだ。
text: Daisuke Kawasaki (beikoku-ongaku)
「共産主婦―東側諸国のレトロ家庭用品と女性たちの一日 (共産趣味インターナショナル) 」
イスクラ・著
(社会評論社)
2,052円[税込]