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本書の表題について説明不要な人ならば、まさに「説明不要」で手に取ってみるべき、そしてびっくりさせられるべき一冊だろう。
「看板建築」とは、木造の日本家屋の前面に「まるで西洋建築のような」平坦でスクエアな立面を作るという、昔ながらの商店街によくある建築形態だ。これが広まったのは大正時代、関東大震災の後だった。モダンビル、レトロアパートも、大正期にその端を発し、昭和初期に大きく発展していったものだ。そんな物件の選りすぐり、魅力的な建築物を300以上収録。外観や内部をとらえたカラー写真が「これでもか」というほどのヴォリュームで掲載されているのが本書である。
著者は俳優座劇場の舞台美術主任を務めているそうだ。その目で見て「撮っておくべきだ」と判断した、日本全国の商店、百貨店、店舗兼住宅、商店街、銭湯、写真館、洋風住宅......などなどの写真が本書には収録されているのだが、特筆しておかねばならない一大特徴が「巻末の資料索引」。これがすごい。掲載されたすべての物件の詳細がここに記載され、モノによっては間取り図まで(!)紹介されているのだが、なにより素晴らしいのは、物件の所在地が「その市区まで」特定されていることなのである。つまり「そこに行ってみる」ことも可能なのだ! 一方、その物件がいま現在あるのかないのか、といったことは記されてはいない。しかしこれを僕は不備であるとはとらない。なぜならば、本書の刊行時に「あった」建物も、そのすぐあとには「なくなってしまう」ことも多いだろうからだ。それが日本だからだ。であるから、こうも言える。本書に収録されている建物のすべては「遠からず、すべて消滅してしまう」宿命なのかもしれない、と。未来においては、「すべてが失われてしまった」佳き風景の記録として、本書は残っていくのかもしれない、と。
たとえば、「レトロアパート」の象徴でもある、いまはなき同潤会アパート、その外観や各部屋内部のショットも多数、本書には収録されている。あの跡地に建てられたものが、同潤会アパート同様、将来なんらかの形で美的価値を認められ、愛でられるはず――などと考える人は地球上にただの一人もいないだろう(いたとしたら、それは絶望的に幼稚過ぎる)。「取り返しがつかない」ものは、どうやったって、もう「取り返せるわけはない」。そんな簡単なことを、この一冊は、繰り返し能弁に伝えてくれる。本書の収録写真の撮影は、1989年からスタートしたそうだ。なんと人懐っこく、憎めない、隙だらけであっけらかんとした「日本の街角」というものが、ほんの近過去まではこれほどにも多種多様に存在していたのか、と、感じ入るほかない。
text: Daisuke Kawasaki (beikoku-ongaku)
「看板建築・モダンビル・レトロアパート」
伊藤隆之・著
(グラフィック社)
2,800円[税抜]