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ハリウッドで映画化されるべきだと思う。もちろん劇映画として。本書のエッセンスを抽出した上で、アダプテーションする。舞台はブルックリンがいい。主演はブラッドリー・クーパーかイーサン・ホーク。ジョン・キューザックもありかもしれない。息子役はすこし前のエズラ・ミラーがベストだったか。タイトルはこれしかない、『BENTO 461』。国際的な大成功作となる気が、僕にはするのだが......。
本書は、現在日本で大ヒット中の「お弁当エッセイ」の一冊だ。著者は TOKYO No.1 SOUL SET ほかの活動で、90年代以降、音楽とストリート文化のシーンをつねに牽引しつづけている渡辺俊美さん。彼がご子息の登生(とうい)くんと交わした約束の実践が、そのまま本書の内容となっている。その約束とは、「登生くんが高校に通う三年間、毎日欠かさずお弁当を手作りする」というもの。その総数が「461個」だったということだ。断っておくが、本書はレシピ集ではない。ひとりの男性が、「いろいろなことを考え、思いながら」毎日のお弁当に取り組んでいった、その記録がまとめられているものだ。
数々の「お弁当の完成品」の写真が並んでいる。白米を主食とする習慣が僕にはないのだが、それでも目を奪われる楽しさが、被写体のなかにある。それぞれのお弁当についての「作り手側の感想」――往々にしてそれは「制作意図(登生くんが好きな食材を入れたこと、こだわりの一品など)の解説」――が添えられている。または「ちょっとした気づき(並行して複数の作業を進めるための知恵、お弁当に向かない食材など)」についての記述もいい。
といったもろもろが、とくに気負うこともなく、さらりと述べられているのだが、この「約束の完遂」は、生半可なことではなかったはずだ。多忙をきわめる職業人である「父」が、いかに、どうやって、「毎日」のお弁当作成をやってのけられるのか? 本書の最大の読みどころ、はらはらせずにおれないのは、そこだ。
前書きで明らかにされているのだが、著者が離婚を経験したのと同じ時期に、登生くんが高校受験に失敗する。それから父子ふたりの生活が始まる。そして翌年、受験を突破した登生くんと著者が交わしたのがこの「約束」だった。さらに、本書に掲載されている「最初に作ったお弁当」の日付は「2011年4月14日」。僕がいまさら説明するまでもなく、著者の渡辺俊美さんは福島県のご出身で「猪苗代湖ズ」の一員でもある。僕が「ブルックリンを舞台に」と言った理由のひとつはここにある。つまり9.11のあとにも、学校に通う少年たちがいて、お昼にはお腹が減ったはずだ。それを気遣って、ケアしようとする大人がいたはずだ。ここにある責任の質と、それを直視する意志のもとにしか「LOVE」は生じない。その「LOVE」を腹の底に抱えた上で、「誠実であること」の重責をそのまんま背負い込んだひとりの人物の奮闘記が綴られているのが本書なのだ。これほどまでにも凄絶きわまりない背景がありながら、それはおくびにも出さず、「他者を思いやること」を引き受け、そして実践していく様には、まさに感動を禁じ得ない。
ゆえに本書には、優れた記録文学として評価されるべき風格が備わっている。これはきわめて珍しいことだ。現代の日本人の文学者が、なにかの球技のプレイヤーだとしてみよう。彼らが最も苦手とする種類のシュートが、あるとしよう。それを「軽々と」決めてしまったかのような一冊が本書だ。であるから、まさに割れんばかりの喝采を満場の観客から与えられて、然るべきなのだ。
text by DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」
渡辺俊美・著
マガジンハウス
1,620円[税込]