14 8/05 UPDATE
自分の家でお店をやろう、という提案の一冊――とも言えるのかもしれないが、すこし違う。こう言えばもっと正確になる。毎日、電車に乗って通勤することを苦とするような人ならば、もっと自らの本質にのみしたがった日常をクリエイトしていくべきなのではないか、という提案の書――それが本書だ。では、そんなアイデアを可能にする「家」とは、どんなものなのか? 「どのように」それを実践している人がいるのか?――いろいろなケースが考えられる、これらの設問への答えとして、著者が「自らの本質のみにしたがって」趣味っぷりを全開にしたその結果がまとまっている。だから、この「趣味」の波動を快とする人にとっては、間違いなく、楽しいひとときを提供してくれる一冊となるだろう。
その「趣味」について触れよう。著者名を目にして、彼の旧作「フラット・ハウス」シリーズを思い出した人もいるはずだ。フラット、つまり「平屋建て」の、どちらかといえば簡素な住宅への偏愛について縷々語られていたのがあの単行本シリーズだった。「一冊一軒」で、対象となる家の魅力が掘り下げられていた。だから本書には、「集合住宅の一室でお店を始めてみよう」なんて提案はない。下駄履きマンション、なんてものも出てこない。あくまでも、平屋しか取り上げない。といっても、本書が持ち家指向だということはない。その逆だ。「賃貸でも大丈夫!」なんて項が冒頭に置かれているぐらいなのだから。
著者が愛する「フラット・ハウス」の典型は、まず米軍ハウス、それから文化住宅と呼ばれていた建築様式であるようだ。それらのなかで、「いい感じ」でお店をやっている家の実例を、写真やイラストレーションを多用して紹介してくれる。著者はイラストレーターであり、写真家でもあることも忘れてはならない。一枚一枚の写真のなかに固着されられた空気の質、透明感、その空間の奥行き......毎日「それ」を体感して、「それ」を維持発展させていくことを最大の喜びとする、そんな種類の人生観とその実践への讃歌が、じつにのびのびと、多彩に表現されているのが本書なのだ。
かつて僕も、こんな空気感に触れたことがある。映画『スローなブギにしてくれ』で山崎努演じる「ムスタングの男」が住む家が福生の米軍ハウスだった。彼の設定は同名原作にはなく、短篇「ひどい雨が降ってきた」から移入されてきたキャラクターだった。どちらの原作も言うまでもない片岡義男。執筆は70年代で、映画の公開は81年だった。現実の社会のなかには駅前商店街があり、まだまだそこには「住居兼用」の豆腐屋や八百屋が並んでいるような時代だった。
現代において、本書のなかにあるような気持ちよさを追及していく、という「趣味」とは、必然的にラディカルにならざるを得ない。著者の「クールハンド」という呼称にも、裏に秘めたラディカリズムを僕は感じる。「クールハンド」ときたら、「ルーク」に決まっているからだ。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「HOME SHOP style」
アラタ・クールハンド 著
(竹書房)
1,900円[税抜]