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パブ・ロックのすべて

パブ・ロックのすべて

パブ・ロックについて知る、間違いのない入門書。

14 9/17 UPDATE

パブ・ロックについて知りたい人にとって、まず最初に手にとって間違いのない一冊、だと言える。書名のとおり「すべて」であることは叶わない(そんなことは無理に決まっている)のだが、入門書として評価したい。このサブジェクトについて日本語で読んでみたいとき、本書が今後、ひとつのメルクマールとして認識されてしかるべきであること、これは間違いのないことだろう。

まず、本書は立体的な構成がいい。もちろんディスク・ガイドもあるのだが、それだけではなく、インタヴューやコラムも駆使して、パブ・ロックの発祥とその背景、沿革そのほか、ひとつらなりの風景を描き出そうとする、雑誌やムック的な発想が功を奏している。インタヴューイーも、ブリンズリー・シュウォーツ、ウィルコ・ジョンソンなどが登場しているのだが、ニック・ロウがこうした話題に付いてきてくれるのは嬉しい。難点を言うとしたら、忌野清志郎とザ・レザー・シャープスのトピックをきちんと入れてほしかった。イアン・デューリーのインタヴューは、本書に収録されている。であるならば......と思わないでもない。彼がタイマーズのゼリーから「イアンちゃん」と呼ばれていたライヴ・ショウを僕は目撃した。なにがどう感極まったのか、川崎クラブチッタ満杯の観客たちを前にして、ステージ上で号泣するイアン・デューリーの姿を僕は見た。あれは彼の最後の来日公演だったはずだ。

と、言い出せばきりがないことを、僕も思うところはある(スティッフにも一項目を割くべきだったのでは?なども)。それはそれとして、しかし、本書によって、パブ・ロックという言葉が狭義のそれから解放されていく道筋が生まれてくるやもしれない、その可能性に僕は大いに期待したい。70年代に生まれた、ロック音楽のサブ・ジャンル、としての意味だけではない。その時代の、とくにイングランドに顕著だった、ある特定の環境要因から生じた、風俗と娯楽と人々が渦をなして、ひとつの芸術様式へと結実していく様子、平たく言うと「シーン」の様相を、ここから垣間見ていくことは十分に可能だ。ノーザン・ソウルがそうであったように、レア・グルーヴがそうであったように、かの地が発祥となった強靭なる音楽的姿勢の数々は、ヒエラルキーではなく、トップ・ダウンではなく、水平的に広がっていく「シーン」から、送り手と受け手が混在するキャッチボールのなかから、いつも登場してきたのだから。

また、こうしてまとめて見てみると、パブ・ロックという運動が、いかにルーツ回帰的なものだったか、ということも再確認せざるを得ない。しかもそれは「もともとあった」ルーツではない。棄民そのほか、ブリテンから排除されていった遺伝子的係累が、新大陸にて混淆していったものを「ルーツ」ととらえ、ロッカーたちがそれを自らの血肉として再構築していくための、切実そのものの精神的作業の痕跡を、僕はそこに見る。だからパブ・ロックからは血の匂いと魂の鼓動が聞こえてくるのだ。

残念ながら、それはいまのいままで、この日本のなかでは片鱗すらも見ることができなかった種類の美質だ。しかし多分にフィクショナルなものとしてならば、それを本書の記述から学ぶことはできる、かもしれない。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「パブ・ロックのすべて」
小尾 隆・監修
(シンコーミュージック)
1,944円[税込]