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ニッポン景観論

ニッポン景観論

日本の「景観」がいかに醜いかを証明する一冊。

15 1/28 UPDATE

日本の「景観」がいかに醜いか、その実例を多数取り上げ、醜いと評するしかない証拠を挙げて、「そうなった理由」を掘り下げていく、という一冊が本書だ。カラー写真が豊富なところも、とてもいい。見ていて嫌な気分になれること請け合いだ。いやはや本当に、日本のいたるところは、著者の言うとおり、掛け値なしに「醜い」。

と書くと、強い反発を憶える人もいるかもしれない。たとえば富士山は美しい、とか。そうかもしれない。しかし、その富士のお山を遥拝してみようとしても、たとえば東京のいたるところでは、ビルが邪魔をする、高架道路が邪魔をする、電柱が、電線が、無秩序に建物の側壁から突き出した無数の看板が......あなたの視界を遮って、かくあるべき「美」を根本的に破壊しようとするだろう。人間ならば「あってほしい」と切望するはずの、「調和へと至るべき回路」が、いたるところでずたずたに切り裂かれ、どぶに棄てられているばかりであることに、気づかされるだろう。これをして僕は「醜い」と言う。そしてこれほどの醜さは、およそ、十分な投資を行えるだけの体力のある先進国にはあってはならないものだとも思う。たとえばパリが「美しい都市」であるとするならば、それとまったく同じ基準で、「正視に耐えないほど醜い都市」の筆頭が東京であり、日本の都市部全般であり、郊外や山間部であってさえも、畢竟、人の手が加わったところはすべて「いかに悲惨なものとなっているのか」という事例が、きわめて豊富に収集され、分析されているのが本書だ。本文中の「京都はインドに似ている」という指摘にショックを受ける日本人は多いのではないか。

日本人の大好きな「開発」にこそ、すべての問題の根があると著者は言う。「看板、電線、コンクリート」の三点セットが、とにかく何でも駄目にする。山の上にも鉄塔が建つ。海岸線は埋め立てられる......徳島の山間部の奥深くにある祖谷渓谷の古民家を整備するなど、とくに生活文化の側面から長年日本とかかわり、観察をし続けてきた著者の、痛みに満ちた苦言が詰まった一冊が本書だと言えるだろう。

日本の景観が醜い理由、これを僕は、日本人の大多数の心の中が反映された結果なのだと考える。心の中が醜い、から、醜い景観が作られ続ける。ではどう醜いのか? なぜ醜くなるのか? たとえばそれは「見渡すかぎりに広がる混沌」が眼前にあったとき、それをそのまま冷静に正確にとらえた上で、そこに秩序を与え、調和と安定を築き上げるための「かくあるべき」イメージを自ら持つ、ということをまず最初にやろうとしないからだ。イメージを持つ、という精神の力を、自らの魂の底から呼び起こしてくることを、はなから放棄しているからだ。この惰弱なる姿勢、文明人として最低限の責任および誇りを背負う意志の欠如こそが、醜さの根源だ。厳しさからしか美は生まれ得ないし、抑制からしか調和は生じ得ない――こんなことは元来、東洋的な価値観においても基礎中の基礎だったはずなのに......と、著者ならずとも僕も、嘆息を禁じ得ない。

もっとも、公平を期するためにこれも言っておかねばならないだろう。「美しいパリ」を完成させたのがナポレオン三世であり、彼の治世である第二帝政時代にアルジェリアが蹂躙され、仏海外帝国がどんどん肥大していった、ということを。パリの美しさとは、植民地で流された血によって購われたものだ。だからもちろん負の側面があって、それは未来永劫背負い続けなければならない種類のものだ。ゆえに、ひとつ東京の、あるいは日本のいたるところに偏在する醜さとは、「弱さ」の現れだとも言える。フランスほどには、そのほかのヨーロッパの強国ほどには、他民族から収奪をおこなえなかった、という意味での「弱さ」だ。そのぶん業が軽い、のかどうかはわからない。ただこれだけは言える。よそからの収奪がうまくいかなかった、と知ったそのあとは、「ずっと以前からの法則」に日本のシステムは立ち戻った。「同胞から搾取する」ことをより一層強化した。つまり時代劇のワンシーンなんかでよくつぶやかれたりする「百姓は耐えるしかないだべ」とかいうあれだ。酷薄なる年貢取り立てのひとつのあらわれが、「いりもしない開発」のための徴税だ。無駄なコンクリートのための消費税だ。消費のための消費の促進だ。

だから、僕は以下のことを真剣に怖れる。きわめて明瞭なる主張をおこなっている本書を片手に、あらんことか、さらなる再開発が実施され始めるという悪夢を。「オリンピックまでに東京の電線を全部地中に」などと誰かが言い始めて、またぞろそこらじゅうが掘り返されることを。いまさらそんなことをしても、どうなるものでもない。「かくあるべき」像もないままに、何をどう掘ろうが、埋めようが、「ないこと」にしてしまいたかろうが、そんなものはすべて「うまくいくはずもない」。何回やっても、同じところに戻ってくるだけだ。醜さの地平というものに。その実例は、それこそ本書の中にいっぱい載っている。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「ニッポン景観論」
アレックス・カー著
(集英社新書)

1,200円[税抜]