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洋楽日本盤のレコード・デザイン シングルと帯にみる日本語独自の世界

洋楽日本盤のレコード・デザイン
シングルと帯にみる日本語独自の世界

“日本サイドによってアレンジされた” 洋楽レコードのジャケット集。

15 2/19 UPDATE

タイトルどおり、どころか、表紙を見るだけでそのまま内容がわかってしまう楽しい一冊だ。洋楽の日本盤、そのなかでもロック/ポップ音楽のレコードを中心に「日本サイドによってアレンジされた」その特徴的なジャケットまわりのデザインを眺めていくのが本書だ。

とくると、僕が以前に当欄でご紹介した『日本盤オールディーズ・シングル図鑑 1954~1964』(シンコーミュージック)という一冊を、思い出す人もいるかもしれない。あれは3000枚もの日本盤シングルが掲載された、すさまじい物量を誇る名著だった。シングル盤は、LPほど「オリジナル盤のデザイン」の制約を受けないがゆえに、日本サイドの制作物としての自由度が高い、というところが、ひとつの見どころとなっていた。そんなシングル盤は、本書でももちろん紹介されている。さすがに3000枚はないが、テーマごとに整理されている点、64年以降のものも多く掲載されている点で、『シングル図鑑』を持っている人も食指を伸ばしてもいいのではないか。そしてさらに重要なことがある。本書には「洋楽日本盤の帯の一覧」が載っていることだ。

日本盤のLPレコードにおける帯の存在は重要だ。ここに着目する企画はこれまでにも多くあったが、本書ではその分類を、「音楽のジャンル」や「レーベル」で区分けして掲載している点が面白い。つまり、最初にレコードそのものの内容ありきで、それから企画会議などがあり、「このデザイン」へとアイデアが流れていった過程が、透けて見えてくるような作りになっている。「帯そのもの」と「帯が付いた状態の日本盤の全体」の写真が並ぶ、という構成もいい。「帯というもののデザインの面白さ」を他者に示して見せたい、と考えたとき、こうした掲載方法になるのは自然だ。この素朴な力学が、本書を「見やすい」一冊にしている。巻頭ではビートルズの日本盤デザインを手掛けられた、東芝音工デザイン室の竹家鐵平さんのインタヴューも掲載されている。

数多く掲載されている帯のなかでも、往年の徳間ジャパンのコピーには古い記憶を強く喚起させられた。「肉喰うな」という、あまりの飛躍(しかし正しい)をしてみせたスミスの『ミート・イズ・マーダー』。フェルトの「毛氈」も、(バンド名の)直訳なのか極端な意訳なのかすらもうわからない、しかし字面の淫猥さがスリーヴ・アートの方向性と合致している、この感じ――これこそが僕が憶えている「日本盤ならでは」の愉しみだったかもしれない。変型帯の特集もよかった。

難点と言うほどのことではないのかもしれないが、僕には理解することができなかったのは、本書で頻出する「日本語タイポグラフィ」という言葉の使いかただ。僕の知識では、英語の「Typography」とは活版印刷より生じた技術用語であり概念だ。だから「あらかじめ用意された」ひとつらなりの活字群のなかから、必要な文字を選んでは物理的に、あるいは電子的に組んで文字列を作ることをまず意味するものだと考える。それゆえ、本書に掲載された帯やジャケットの「オリジナル・デザインの」手描き文字を指すのは誤用ではないのか。ごく限定的な文字列に使用する文字「だけ」を、いちから手描きでデザインしていく、という行為は、ごく普通には「レタリング(Technical lettering もしくはCalligraphy)」と呼ぶべき作業のはずだ。本書におけるタイトルやロゴなどは「レタリング」の典型例ではないのか。その両者の言葉の混用が気になった。

つまるところ、手作業による商業美術の快活を伝えてくれる一冊が本書なのだと僕は思う。正しく本書には、独創的な文言を、独創的に「手で」描いていった時代の、人々の息吹きや熱気の断片が収録されている。

text by DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「洋楽日本盤のレコード・デザイン シングルと帯にみる日本語独自の世界」
植村和紀・著
(グラフィック社)

2,800円[税抜]