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社会主義−その成長と帰結

社会主義−その成長と帰結

ウィリアム・モリスの社会主義者としての本質を明らかにする一冊。

15 3/23 UPDATE

日本においてウィリアム・モリスの人気は高い。美術家、デザイナーとしてよく知られている。「壁紙のパターン」で最も有名だろうか。一方、彼が熱烈な社会主義者であった事実は、ほとんど無視されている。それはまるで、彼が提唱したアーツ・アンド・クラフツ運動が、日本においては柳宗悦の民藝運動のごときものへと容易につながってしまうことと、とてもよく似ている。

本書は、そんなモリスの社会主義者としての本質を存分に明らかにするものだ。アーツ・アンド・クラフツ運動は、たんなる中世の手仕事礼讃ではなく、マルクス『資本論』の理論を実践する共同体のための壮大なアイデアであったことがよくわかる。その科学の内容と成立過程を克明に記した一冊がこれだ。かつては幸徳秋水が本書を参考にしたという。堺利彦も高く評価していたそうだ。それはきっと、日本のハードコア・パンクスがクラスを信奉するようなものだったのだろう。マルクス存命時から「主義者」として活動していたのがモリスだったのだから。言い換えると、レイト70sから80s UKの自称「コミュニスト」「ソーシャリスト」ミュージシャン連中(ポール・ウェラーあたりまでを含む)の思想的源流のひとつもここにある。たとえば、モリスの『ユートピアだより』の中にある。

当たり前の話だが、モリス商会の「いい壁紙」を貼るには、まず「いい壁」が必要だ。いい壁があるためには、いい建築が必要となる。では、建築とは何か?

「建築というものは、人間生活の外的環境すべてについての考慮を含む。われわれはそこから逃げようとしても逃げられぬ。なぜならそれは人間の欲求に従って地球の表面そのものを形作り改造することを意味するからである」「もし人が、すぐれた理にかなった建築を持ちたいと決意しないのなら、芸術について考えることは、まったく無用である」
(ウィリアム・モリス、小野二郎・訳)

この一文は、モリス主義者としても有名な小野二郎さんのエッセイ集『ベーコンエッグの背景』に収録されていたものだ(もちろんこれも晶文社だ)。この建築論とモリスが理想とした社会主義の考えかたとは、ほぼ同じだ。小野さんが翻訳したモリスのファンタジー小説『世界のかなたの森』も含む、ウィリアム・モリス・コレクションの一部として本書は刊行された。

いま日本では、謎の「ピケティ・ブーム」が吹き荒れている。しかし僕にはまったく想像できない。だって日本には、自分できちんと『資本論』を読んで理解した、という人はほとんどいないはずなのに。『資本論』も読まずして、いかにしてピケティ本を読むのか(読めるのか)。もしかしたら日本におけるピケティとは、たとえばロバート・キヨサキの『金持ち父さん』シリーズなんかと同種の売れかたをしているのかもしれない。手っ取り早い現世利益を期待できる、ハウツー本の一種として売れているのかもしれない。

モリスの主張は、手っ取り早くはない。ハウツーでも宗教でもオカルトでもない。しかし数百年単位で社会科学と人間の生活とのかかわりをも考察しないようなところに、いかなる美があり得るというのか?――この問いへの安易な答えを持たない人、「持ちたくもない」という人にこそ推薦できる一冊であることは間違いない。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「社会主義−その成長と帰結−」
ウィリアム・モリス、E.B.バックス 共著
大内秀明・監修 川端康雄・監訳
(晶文社)
2,300円[税抜]