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経済学の「常識」を疑ってみるところから始め、進化心理学の要点をわかりやすく噛み砕いて、表題となるような問いに答えを与えてくれるような読み物がこれだ。
まずここで俎上にあげられている、経済学の「常識」、そのうちのひとつは、古典的な合理的経済学の考えかただ。つまり事物の「合理性」がまず最重要視されるというものだ。しかし人生(人間)、なかなか「理」のとおりにはいかない。ときに「非合理的」なことに心血を注いでしまうことだってある。往々にしてある。恋などもそうかもしれない――というところに着目するのが「現代的」な行動経済学なのだが、ここで「非合理的」とされていることは、もっと大きな意味では「じつは合理的なのでは?」ということを考えてみることもできるのが「進化心理学」だ。
たとえば、一見、経済学的観点からは「合理的」に見えない行為(恋におぼれた男が、高いデート費用を捻出し続けるだけ)だったとしても、そこに生物進化学的な概念を導入してみると、まったく様相は変わってくる。この例に倣えば、その素敵な彼女をくどき落とすことができて、子を作ることになったならば「遺伝子の乗り物」としての自分がおこなった成果としては、上々となる――ここらへん、かつて流行したドーキンスの『利己的な遺伝子』を思い出してもらってもいいかもしれない。こういった、進化の観点からの合理性を「深い合理性(deep rationality)」と著者は呼ぶ。そして、この「深い合理性」をこそ、人は生涯を通して追い求めているのではないか、その過程で様々な、一見すると「矛盾ばかり」の行動をとることもあるのではないか......というのが本書の主張だ。「エルビスが自分のキャデラックのホイールキャップに金めっきをしたのはなぜか?」に始まって、多彩な事例をもとにこれが分析されていく。「50ドルの得をすることと、50ドルの損をすること」のどちらがあなたは心に残るだろうか? 僕は圧倒的に後者だ。「つねに飢えていた先史時代からの先祖の脳」が、いつも僕に「最後の50ドルを失うではないぞ」と指令している、のだという。そうかもしれない。しかも、僕にそれを指令しているのは、僕の「下位自己」なのだが、それは7人もいるらしい......と、そんな感じで、読んでいて楽める一冊だ。
僕は小説を書く。小説とは人間の存在とその行動を描くものだ。だから、おのずからそこには「合理」と「非合理」のどちらかが、数多く表出せざるを得ない。そしてまた、それらの総体としての、ひとつ小説としての小宇宙のぜんたいにも、ひとつの明確な論理が生じてくることになる。最後のこれが表層的に合理であることを僕は好まない。おそらくたぶん、「深い合理性」をこそ重視しているからなのだろう。そのほか、どうしても遅刻をしてしまう人、破滅的行動をとってしまう人なども、本書を読んでみると、その裏にある「深い合理性」に気づくことができるかもしれない(そんなものないのかもしれないが)。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「きみの脳はなぜ「愚かな選択」をしてしまうのか 意思決定の進化論」
ダグラス・ T・ケンリック、ヴラダス・グリスケヴィシウス 共著
熊谷淳子・訳
(講談社)
2,400円[税抜]