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「自動車がフィーチャーされた」レコード・ジャケットを集めた一冊が本書だ。その数、約500枚。古今東西の名車や、そうではないクルマが、いろいろな形でスリーヴ・アートのなかにおさまっている様は、なかなかに壮観だ。
レコード・ジャケットを集めて並べた本というのは、数多い。テーマ性を絞り込んだものも、多種多様にある。かつて僕は当欄で、『猫ジャケ 〜素晴らしき "ネコード" の世界〜』という一冊を紹介したことがある。しかし、クルマとは。たしかに「あって然るべき」セレクションだった、と言えよう。
本書の冒頭には、クレイジーケンバンドの横山剣さんのインタヴューが掲載されている。「車があるとジャケットの画が締まるんだよね」とは、クルマ好きとして知られる彼らしい発言なのだが、じつにそのとおり----「このクルマなくしてこのジャケなし」どころか、クルマがなければそのレコードそのものがあったかどうか、といったほどの奥深いかかわりが見て取れるものも本書のなかに多数収録されている。ここが「猫ジャケ」との最大の違いかもしれない(「美女ジャケ」なんかとは比較的近いのかもしれない)。
収録されているレコードのジャンルは、まさに多岐にわたる。洋楽ロック、ポップやジャズはもちろん、日本のポップや歌謡曲、アニメやドラマのサントラ、自動車メーカーのノヴェルティ・レコードまで......まさに百花繚乱だ。また本書の大きな特徴は、ジャケットに自動車そのものの全体像がなくとも、「クルマの存在感の高さ」や「自動車文化との関連性の深さ」といった点への鷹揚な評価軸にある(だからハイウェイの写真だけでもOKだったりする)。たとえばキース・ムーンのソロ作『トゥ・サイズ・オブ・ザ・ムーン』を「カージャケ」と見なす目は僕にはなかった(が、たしかにそうなのだ)。矢沢永吉の『I LOVE YOU, OK』もカージャケだ(車種が不明なのだそうだが)。
そう、本書の最大の美点は、レコード・ファンだけではなく、「クルマ好きの人のための本」としても十二分に機能しうることだ。なんたって、収録作のジャケットに登場したクルマの車種は(上記のような一部不明のものを除いて)すべて「特定」されているのだから。そしてジャケットの脇で、車種についての解説が記されているのだが、このスペースがとても大きい。レコード全体について触れた紹介文と同格、もしくは「クルマについての記載のほうがより目立つ」仕様と相成っている。クルマ雑誌や書籍に強い版元ならでは、なのか。レコード・ジャケット本として考えたならば、明らかに過剰なまでのこの「カー感」が、僕にはとても心地いい。
本書に収録されている「名作」カージャケのなかで、おそらく僕が最初に親しんだ一枚は、ビーチ・ボーイズの『リトル・デュース・クーペ』のLPだった。最初のリリースから15年落ちか、20年落ちか。だから再発盤だったのかもしれない。輸入盤のカットアウト品を、セールの山のなかから選んで買った。32年型のフォード・デュース・クーペとはどういうクルマなのか、僕はこの一枚から知った。真っ赤なウィンドブレイカーも買った。
『リトル・デュース・クーペ』のようなホット・ロッド音楽は、ロックンロールでなければならなかった(サーフィンは「たまたま」だったかもしれない)。カー・ラジオの普及と、ロックンロールの隆盛は、時を同じくして起こったことだからだ。そしてLPの時代の幕開けをも、ロックンロールが後押ししていった。だから「カージャケ」に名品が多くても、これは当然であり、ロック音楽が好きな人に「クルマ好き」が多いこと、これも当然の出来ごとなのだ。しかし日本では、どうもそうとばかりは言い切れないところに、根の深い悲しみを僕は感じる。貧しすぎるのかもしれない。運転しながら聴く音楽とは、そのほかのいかなるときに聴くものとも、意味するところがまったく違うのだが。
本書に先行すること数年、やはりカージャケを集め並べた『Cars on Vinyl』という洋書があった。これを発行していたのも「カー系」の出版社、旧車の修理マニュアルで国際的に名高い、UKのハインズ・パブリッシングだった。こちらは写真集としての充実度も高い一冊だったので、本書にてカージャケに目覚めた人は、つぎに手を伸ばして見てはどうか。
そして『Cars on Vinyl』でも本書でも、ジャガー Eタイプには一種格別の地位が与えられている、という共通点も趣きぶかい。「カー・オブ・ザ・カージャケ」の候補筆頭が Eタイプだったのかもしれない。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「カージャケ CAR JACKET GRAPHIC」
(三栄書房)
2,222円[税抜]