16 6/28 UPDATE
昨年秋に発売されたときに買い逃していたもので、つい先日、初めて手に取った。そして驚いた。素晴らしい一冊だ。A4横置きぐらいの大きさの黒いハードカヴァー、そして表紙はTシャツのタグに見立てられている。ページを繰ると、そこには膨大な数の(500点以上の)「ラップ・ティー」の写真が掲載されている。ラップ・ティーとは、ヒップホップ音楽にまつわるTシャツのことだ。僕が知るかぎり、このテーマでここまでの内容がまとめられたのは、本書が史上初のはずだ。
というのも、ラップ・ティーというものはこれまで、おもに「数ある音楽Tシャツのひとつ」というあつかいでしかなかったからだ。より正確に言うと、ロック・アーティストのTシャツを紹介することを主眼とした書籍や雑誌の特集のなかの、きわめて小さなひとつのサブジャンル(or 変わり種)として、ページの片隅を与えられていれば関の山、といったものでしかなかった。しかし本書は「ラップ・ティーだけ」なのだから、画期的と言うしかない。
告白しておこう。ページ見開きいっぱいに、ランDMCのロゴT6種がずらり並んだその様を目にしたとき、僕の背筋がかなりぞくぞくっ!としたことを......ちなみにこれらのランDMC Tは、それぞれの出自を明らかにするためもあるのだろう、前面と背面の両方の写真が全6点ぶん掲載されているところも、博物学的でとても好感が持てる姿勢だ。そのほか、パブリック・エネミーやウータン・クランのTシャツ大量掲載ももちろん盛り上がるが、僕は個人的には、KMDのTシャツ2枚だけで見開きを占有している、その様子に最も感じ入るところがあった。編集方針にしっかりとした偏りがあるところが、とてもいい。
いろいろな発見もある。そもそもラップ・ティーには「大量生産」という概念が希薄であること。だからヴァージョン違いや限定品がとても多い、こと――だから本書は、いずれ作られるべきだった「歴史的一冊」だったということだ。ラップ・ティーとは、あるいはそれを生んだヒップホップ文化とは、このような形で世に残されることを待っていた、のだと僕は思う。
カリフォルニアで生まれ育った僕の友人が言うには、プリントTの原産地はカリフォルニアなのだそうだ。同地のサーフ・ショップが店のロゴをプリントしたことから始まって、次に同地のロッカーがバンドTを作って売るようになる(グレイトフル・デッドなど)。それから世界各地でいろんなバンドが作るようになるのだが、こうした傾向を大きく伸張させたのがハードロック/メタル勢で、ここからのフィードバックが「バンドTの百花繚乱」時代である80年代を下支えした。キャサリン・ハムネットも登場した。そして90年代、ストリート・ウェアの観点から、プリントTがさらに大きく飛躍していく時代に、その先端を切り開いていったのが、本書に満載されている「ラップ・ティー」だったことは間違いない。ヒップホップがポップ音楽のど真ん中に居座った時代、Tシャツもまた、現実世界の文化風俗をダイナミックに変革していった。そんな時代の熱気が、この一冊のなかに、見事にコンパイルされている。
それにしても、ラップ・ティーには黒ボディが圧倒的に多い(次点は白ボディだ)。これこそが、メタルやパンクT同様、問答無用で最も正統にして神聖なる音楽Tの系譜の上にラップ・ティーがあることの、なによりもの証明なのだ、と僕は声を大にして言いたい。
本書は造本もしっかりしていて、まさにブラック・ブック調のカヴァーまわりの質感もよく、持ったときの「モノ」としての重量感もいい。だから贈り物にも最適のはずだ。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「Rap Tees: A Collection of Hip-Hop T-Shirts 1980-1999」
DJ Ross One 著
(powerHouse Books)洋書