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The Photographer's Cookbook

The Photographer's Cookbook

写真家による「自慢の一品」のレシピと、
「料理にまつわるショット」を収録した一冊。

16 8/15 UPDATE

「写真家による料理書」という原題を、ひねって読んではいけない。そのままでいい。本書は「写真家になるために」いかに自分自身を鍛えて(クックして)いけばいいか、「クックブック(料理書)」のようにメソッド化して記されている――とかいった本では、まったくない。ただたんに、写真家が「料理」について語っているという本だ。写真家が、おれの、わたしの「自慢の一品」のレシピを開陳し、かつまた同時に、それら写真家の「料理にまつわるショット」も収録されている、そんな一冊だ。そして、写真家の顔ぶれがすごい。

たとえば、アンセル・アダムズが「ポーチド・エッグス・イン・ビア」のレシピをここで公開している(簡単、かつおいしそうだ)。左ページにはレシピが、右ページには卵とキッチンウェアが配置された、彼の手による端正なモノクローム写真が並ぶ。リチャード・アヴェドンは「ロイヤル・ポット・ロースト」だ。イモージェン・カニンガムの「ボルシチ」、ウィリアム・エグルストンの「グリルド・チーズ・グリッツ・キャセロール」、スティーブン・ショアの「キー・ライム・パイ・スプリーム」――ここらへん、かなりぐっとくるのだが、エド・ルーシェイの「カクタス・オムレット」とニール・スラヴィンの「ナイルンズ・フランクフルターズ・イン・ドレス」あたりは、自分でも作ってみたくなる。とくに最後の「フランクフルターズ」は、色とりどりのホットドッグが紺碧のクロスの上にずらりと並んでいる、という1978年撮影の写真もとてもいい。

そう、本書のなかで取り上げられている写真も、レシピも「70年代のもの」なのだ。ことの起こりは、こうだったそうだ。イーストマン・コダック社の創始者でもあるジョージ・イーストマンの邸宅を使用した、世界最古の写真専門美術館が、ニューヨーク州はロチェスターにある。「ジョージ・イーストマン・ミュージアム」がそれだ。70年代の後半、同館にてひとつの企画が立案された。それが前述の「レシピと料理関連写真」を集める、というものだった。しかし、これは集められただけで、公開されることも、出版されることもなかった。そしてそのまま、40年にわたって死蔵されてしまう。そんな写真とレシピを掘り起こし、初めて世に広く公開したものが本書だ。ゆえに、我々は初めてここで、まるでタイムカプセルのなかを覗き見るようにして、「70年代のあの巨匠たち」と、本書のなかで出会い直すことができる、というわけだ。しかもなんと、「料理」を媒介として。それってとてもいい感じじゃないか、と僕は思う。

本書はデザインも素晴らしい。かっちりした、すこし古典的なレイアウトとタイポ組みのなかで、キー・カラーとして時折差し込まれるオレンジが効いている。贈り物にもいいはずだ。本書をもらって嫌な顔をする人なんて、僕には到底想像できない。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「The Photographer's Cookbook」
Deborah Barsel 編集  Lisa Hostetler 序論
(Aperture / George Eastman Museum)洋書