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永遠のオードリー・ファッション

永遠のオードリー・ファッション

「史上最も多くの写真を撮られたスター」と称される彼女の輝きを包括した一冊。

16 9/20 UPDATE

昨年(2015年)の7月から10月まで、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーにて開催された、まさに「大回顧展」と呼ぶに相応しかった写真展『Audrey Hepburn: Portraits of an Icon』の展示作の数々を収録したものが本書だ。しかし造本は、展覧会の図録というよりも、写真集と呼んだほうがいいほどの豪華な作りとなっている。ずっしりとした重量感のある、大判サイズのハードカバー書籍が本書だ。

本書に収録されているオードリー・ヘップバーンの写真は、多岐にわたる。50年代から60年代の「だれもが知る」名作映画撮影時のオフショットから、スターになる前、若き日の舞台での姿、70年代以降の壮年から晩年にいたる時期の写真も収録されている。また、幼き日の彼女の姿をとらえたファミリー・ポートレートも収録されている。「史上最も多くの写真を撮られたスター」と称されることもある彼女の、まさにそれほどまでに大衆から愛された輝きを、包括的に見ていくことができるのが本書だ。写真家だって超一流だ。アヴェドン、セシル・ビートン、アーヴィング・ペンそのほか、錚々たる顔ぶれが撮った「オードリー・ヘップバーン」がこのなかにおさめられている。テキストも的確にして豊富だから、写真とともに振り返るオードリー・ヘップバーンの一生、という切り口で考えるならば、最高峰と評すべき一冊がこれだろう。

ちょうど僕の母親の世代ぐらいの日本人女性にとって、唯一無二の圧倒的人気を誇る「外国人の」スター女優がオードリー・ヘップバーンだった、ようだ。彼女の線の細さ、可憐さ、あるいは髪色が暗いことなどを日本人女性は好んだ、らしい。中原淳一氏のイラストなどに、往時の人気の痕跡を見てみることもできる。僕自身は、とくに熱心なファンだったことはない。しかしこんな経験はある。どう考えてもカポーティの原作の美点の大半をぶち壊しにしているはずの、映画版の『ティファニーで朝食を』なのに、あれはあれで、いいのではないか......と思わされてしまったのは、言うまでもなく、オードリー・ヘップバーンの類い稀なる存在感に依るところが大きい(あとは猫と「ムーン・リバー」だ)。 

本書のなかで僕がいちばん気に入った写真は、1958年、ボブ・ウィロビーによって、ビバリーヒルズのスーパーマーケットにて撮影された一枚だ。これはオードリー・ヘップバーンの当時の夫だったメル・ファーラー監督による映画『緑の館』撮影中の時期に撮られたオフショットだった。商品棚が並ぶスーパーマーケットの狭い通路に、オードリー・ヘップバーンがしゃがんでいる。クッキーか、シリアルか、箱状にパッケージされた商品を手に、顔を寄せて、そのディスクリプションを読んでいる、といった風情の一枚――これがじつに、奇跡的なバランスで美しいのだ。スーパーでしゃがんでいるだけなのに......ご丁寧に、なぜか彼女に寄り添って、一頭の仔鹿まで自然にそこにいる(イプという名らしい)。まるで一幅の名画のようだ。仔鹿は撮影所から連れて来たのだろうから、だからこれはオフショットと言うよりも、プロモーション用に撮影されたものだった、のかもしれない。が、考えてみるまでもなく、彼女以外のだれひとりとして、こんな無茶な構図の写真の被写体をつとめられる人物は地球上にいない。かつてもいなかったし、これからもいないだろう。つまりこんな写真が仕上がることは、もう二度とない。

永遠に語り継がれるだろう、奇跡の連続とも言える出来ごとが、映画産業の周辺にあった時代の記録としても、本書は歴史的価値の高い一冊であるはずだ。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「永遠のオードリー・ファッション」
テレンス・ペッパー、ヘレン・トロンペテラー 著
矢田明美子、岡田悠佳子 翻訳
2,800円[税抜]