08 5/19 UPDATE
ホラーほど時代に敏感なジャンルはないだろう。40年近く断続的に続く「Living Dead=ゾンビ」シリーズが典型的な例だろうが、恐怖の質も、コンセプトも、血糊や臓物の量も、その時々の空気を如実に反映するものである。
そのクリエイター、ジョージ・A・ロメロとも親交篤いのがホラー界、いや今やアメリカ文壇の大物スティーヴン・キング。彼の原作を映画化したものはあまたあるけれど、『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』とホラー色薄めな作品をチョイスして傑作をモノしてきたのがフランク・ダラボン監督だ。
とはいえダラボンも、もともとは明らかに“そっち”系のヒト。で、キングとのコラボレーション3作目に選んだのは、紛れもなき“そっち”系の中編傑作「霧」だった。
ある湖畔の田舎町。かつてないほど強烈な嵐がその地を襲った次の朝、湖の向こうから厚く重たい霧が押し寄せてくる。災害後の買い出しにとスーパーマーケットに集まっていた客たちは数歩先も見えない霧のせいで外に出られなくなる。……いや、もちろん外には出られるのだけれど、足を踏み出したものは霧の中にいる“何物か”の犠牲になっているようなのだ……。
その霧が何故発生したのか、その中にいるものが何なのか、その恐怖もむろんこの映画の主眼ではある。完全に謎は解き明かされないまま、少しずつあらわになっていく恐怖の対象は、いやもうおぞましくて気持ち悪くてなかなかにイイ(笑)。だが真の恐怖の対象は、実はソレではないのだ!
いってみればこれはホラーというよりもパニック映画。極限状態に晒された人間の行動を、逐一、微細にシミュレイトしていくのである。隔絶された空間に数十人も集まると、それは無論「社会」。ここではスーパーマーケットが、現代アメリカ社会(ひいては我々のそれも含めてだが)の縮図となっていくのだ。
理性で理解できる範囲を超えた現象を目のあたりにし、迫り来る死の予感を前にしたとき、この「社会」の構成員は大きく四つに分かれる。
ひとつは主人公たち……今の現状を的確に判断しようとし、その最前の打開策を模索し実行に移そうとするもの。ひとつは、今まで自分の信じてきた理性や規範に則ったまま現状を打破しようとする……というか「できるはずだ」と思い込もうとするもの。ひとつは生きる希望も現状打破の気力も失って自殺するもの。そしてもうひとつは “上部の存在”……神ないしキリストの「怒りの日」が訪れたのだとし、思考停止状態に陥った者たちを終末論的恐怖で煽動していくもの。
問題は最後のケースだ。いつもは変人だと疎まれ嫌われていた宗教的狂信者(マーシャ・ゲイ・ハーデン、絶品です)が、次第に人心を一手に集め、外の怪物よりもよほど恐ろしい忌むべき対象となっていくのだ。この逆転こそが本作のキモ。とうぜん現代世界の皮相な暗喩であるのは明白で、そこがたまらなく面白いのである。
ちなみにラストはとてもアメリカ映画じゃ考えられない思い切ったもの。原作とも別のものだが、実に粛然として素晴らしい。これがホラーなのだ、恐怖なのだ。さらにはエンドクレジットのあいだ、ずっと響きわたる「音」にイメージを膨らませるべし。これぞフランク・ダラボンの最高傑作だといってしまおう。
Text:Milkman Saito
『ミスト』
監督・製作・脚本:フランク・ダラボン
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、
ハーヴェイ・ワインスタイン、リチャード・サパースタイン
製作:リズ・グロッツァー
原作:スティーヴン・キング
音楽:マーク・アイシャム
出演:トーマス・ジェーン、マーシャン・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン、アンドレ・ブラウアー他
原題:The Mist
2007/アメリカ
上映時間:125分
配給:ブロードメディア・スタジオ
有楽町スバル座ほか 全国ロードショー中
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