08 6/09 UPDATE
「ぐるり」とはつまり「身の回り」ってことだろう。この映画は日本のかたすみで、それなりに一所懸命生きてるひとくみの夫婦の10年間の物語。でも彼らだって望む望まぬに関わらず、「ぐるりの外」との関係の中で生きている。人と世界は誰もが良くも悪くも影響しあっているのだ。
週に3日のセックスの日も含め、何事もキチンとしなきゃいられない妻・翔子(木村多江)。女にだらしなく、長くひとつの仕事に就いていられない夫・カナオ(リリー・フランキー)。性格の違いは互いに承知、それが原因で口争いもあるものの仲のいい夫婦である。しかし生まれた子供が産後すぐに亡くなってしまったときからすべては少しずつ狂いはじめる。カレンダーから消える「する日」のしるし。彼女は悲しみを受け止められず、暗く長い鬱の季節へと徐々に踏み込んでいく......。
『二十才の微熱』『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』と、これまでずっとゲイ・セクシュアリティの視点から人間を描いてきた橋口亮輔。そこには彼自身の姿がかなり強く投影されていたが、初のヘテロ映画(?)である本作でいうならばそれは翔子の精神世界であるらしい。なんでも前作『ハッシュ!』の公開後、監督自身が強度の鬱状態に陥ったらしいのだ。なるほどこの映画は彼女の精神の闇を、ただ子供を失ったからである、と断定はしない。むしろ、今の世界全体が長い鬱状態にある、といっているようなのだ。
本作はあくまで夫婦の営みこそが中心軸ではあるけれど、いわば対位法的なかたちで、バブル崩壊から9.11までの10年間に起こった不可解な犯罪(たとえば連続幼女誘拐殺人事件であるとか地下鉄サリン事件であるとか、はっきりモデルが特定できる)を、法廷画家となったカナオの目を通して点景していく。彼のニュートラルな目が捉える、証言台の加害者&被害者家族の様子は人間の暗部が如実に噴出したもののようにもみえ、それが次第に翔子の中の闇の深まりとリンクしてくるのだ。
あまりにも繊細かつ神経質であるがゆえに、漠然とした時代の暗闇を自らに取り込んでしまう翔子。基本的に鷹揚で物事に無執着であるがゆえに、顕在化した時代の暗闇と身近に接しながらも立ち位置の揺るがないカナオ。「向こう側」に吸い込まれそうな精神を「こちら側」に引き戻すことのできるのはとうぜんカナオのような存在しかないだろう。木村多江を筆頭に、柄本明、寺田農、倍賞美津子、寺島進ら個性派たちの巧演を自然体のままですらりと受容するリリーさんはまさに適役なのだ。これでまた女性ファンが増えるに違いない(笑)。
Text:Milkman Saito
『ぐるりのこと。』
原作・脚本・編集・監督:橋口亮輔
出演:木村多江、リリー・フランキー、
倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵、
八嶋智人、寺田農、柄本明
2008/日本
上映時間:140分
配給:ビターズ・エンド
6月7日(土)よりシネマライズ、
シネスイッチ銀座他全国公開ロードショー
©2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ