08 7/22 UPDATE
昨年、小規模ながら公開された劇場用映画デビュー作『机のなかみ』が、じわじわ映画好きのあいだで評判を呼んでいた吉田恵輔監督。ちょいエッチで思わせぶりな女子高生と、教え子である彼女のことで頭がいっぱいになっちゃった家庭教師の物語を、両者の視点から再話する......という構成にはなかなかヒネリがあれど、ま、その仕掛け自体がさほど目新しいとはいえない。ただ、それぞれの思惑の差異が露呈し、見えてきた別の物語のなかに、誰もが隠したくなるような、できるなら触れてほしくないような心の恥ずかしい部分イヤ~な部分がにじんでくる、その意地悪さが絶妙だったのだ。
新作『純喫茶磯辺』もまた然り。前作のような語りのギミックはないが、人間の恥ずかしい部分イヤ~な部分を優しくもいやらしくあぶり出す、その才覚はやはり抜群。
8年前に妻に愛想つかされ、今は高校生の娘・咲子(仲里依紗)と暮らす中年オヤジ・裕次郎(宮迫博之)。根がグウタラなのに不意に手にした親の遺産は"そういう人が持ってはいけない金額(by咲子)"。案の定、会社にも出勤しなくなり、ある日思いついたのが喫茶店経営。しかしそれにしても、ダサすぎるオヤジの頭の中は計り知れず、できあがった店は咲子の想像を絶し、クラスメートも呼べない猛烈なダサさ。おまけに裕次郎の下心はミエミエなのに、平然とバイトに入った素子はちょっとした美女。だが、というかやはり、というか、ストレートすぎるほどエロエロで安っぽいオヤジ趣味の制服を何喰わぬ顔で着ちゃったりする彼女もまた得体が知れない女なのだった(麻生久美子の、この心底ダメダメな壊れっぷりはちょっと凄い)。
そんな偽悪的なまでの物語ながら、主体はあくまで咲子にあるので妙に爽やか、かつ初々しいのである(アニメ版『時をかける少女』の声優でブレイクして以来、出演作相次ぐ仲里依紗がやたらと巧い)。再婚相手とも別れ、ひとりで暮らす母(濱田マリ)の部屋を訪ねるシーンの細かなディテイル描写......これも咲子の視点によるものだが、大人の世界のはらわたを覗いてしまった少女の痛みや居心地の悪さが突き刺さってくるようではないか。
裕次郎の素子への恋は日に日に募り、真剣そのものになっていく。そんなオヤジに娘の苛立ちも限界に達するが(三者間のまず~い緊張感がぴりぴりと痛い居酒屋シーンは白眉!)、咲子もまた初恋の痛手を背負いこんではじめて、ある教育的真実(笑)を悟るのだ。「ひとの中身は見かけどおりとは限らない。誰しも別の顔を秘めているのだ」......という至極まっとうな真実を。
基本は脱力系だが、意外とずっしり心に響き、しかもソフィスティケイテッドされている。クレイジーケンバンド別働隊、CKB-Annexの音楽もまた、そんな作品にぴったりなのである。
Text:Milkman Saito
『純喫茶磯辺』
監督・脚本・編集:吉田恵輔
出演:宮迫博之、仲里依紗、麻生久美子、濱田マリ、近藤春菜、ダンカン、和田聰宏、ミッキー・カーチス、斎藤洋介
上映時間:113分
製作国:2008/日本
製作・配給:ムービーアイ
テアトル新宿、渋谷シネ・アミューズ他
全国ロードショー中
© 2008『純喫茶磯辺』製作委員会