08 8/19 UPDATE
それは高校生のときだから今から30年近く前(!)のことになる。まだレンタルビデオ普及以前、夏祭りのテント小屋でよく「こども映画劇場」などと称した16mmフィルムの上映会があり、そのお報らせのポスターでアニメなどに混じっていたのが『赤い風船』。
本格的に映画に興味を持ちはじめたそのころの僕は、名作と謳われるような作品はとにかく見たおす意気込みであった(笑)。この1956年の作品は、どんな映画史本にも載っているわりに、どの名画館にもかかることのなかった映画(上映権も切れてただろうし、36分しかないからな)。こりゃあ観るしかないやん、ってことで出かけてみると案の定、テントの中にちらほら集まった子供はてんで映画なんて観ちゃいない。スクリーンの前であろうがお構いなく、ボール投げ合ったりして勝手に遊んでる始末。そんな環境でただひとり、そこそこいい歳喰った僕は......大泣きしてしまったわけなのです。以来、これは僕のオールタイムベスト。その後何度観たか判らぬが、そのたびに心が激しく揺すぶられて居てもたってもいられなくなる、そんな困った真の名作がようやくデジタル・リマスターで正式リヴァイヴァルだ!
ひとことで言って、パリのアパルトマンに住む少年パスカルと赤い風船とのファンタジー。そこには明らかに寓意が含まれているようなのだが(パスカルをことあるごとに束縛しつづける大人たち、好奇の対象となってついには排斥される主人公たち)、そういう勿体ぶった問題意識など軽く圧倒する詩的なまろやかさとユーモアと厳しさ、そして映像美がある。まさにコクトーやプレヴェールやバザンが激賞した映画作家、アルベール・ラモリスだけのことはあるのだ。
親友、あるいはペット、またあるいは小さな恋人のようにパスカルにずっとついていく赤い風船の愛らしさ(単純なトリックだろうが、どれだけコントロールが大変だったかは想像がつく)。風船のために傘を借りたり、悪戯っ子に追い回される風船を必死で守るパスカルの一途さ。まことにこれは素晴らしい愛の物語なのであるけれど、あわせて魅力的なのがパリの下町メニルモンタン地区の路地裏の風景と急勾配だ。パリを見下ろす高台にぽつんといる野良猫。通り雨が過ぎ去ったあとの青い空を映す濡れた舗道。狭いせまい路地のむこうから幅いっぱいにやってくるおばあさん。街ですれ違う人たちの顔、顔、顔......。
言っておかねばならないが、これが作られたのはヌーヴェル・ヴァーグ以前なのである。ありのままに現実を切り取る眼はまさにシネマ・ヴェリテ。あまりにも感動的なラストに感涙するとともに、その先駆的な意味もいま発見できるのが嬉しい。
また併映となるラモリスの前作『白い馬』('53)も、撮影エドモン・セシャン、音楽モーリス・ルルーと主要スタッフは同じ。野生の白い馬と少年との交歓を描いた、『赤い風船』に勝るとも劣らぬ傑作だ。ま、物語構造も酷似しているのだけれど、高速で長距離を駆け抜ける横移動の連続には唖然!
それにしても今回のリストア版は凄いぞ。『白い馬』の光り輝くようなモノクローム、『赤い風船』の眼の覚めるような赤の色彩に、作品を見慣れた者でも驚くこと確実である。
Text:Milkman Saito
『赤い風船』
監督・脚本:アルベール・ラモリス
出演:パスカル・ラモリス
『白い馬』
監督・脚本:アルベール・ラモリス
出演:アラン・エムリー/パスカル・ラモリス
製作国:フランス
上映時間:『赤い風船』36分
『白い馬』40分
配給:カフェグルーヴ、クレストインターナショナル
シネスイッチ銀座他にて公開中
「白い馬」© Copyright Films Montsouris 1953
「赤い風船」© Copyright Films Montsouris 1956