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『わが教え子、ヒトラー』

『わが教え子、ヒトラー』

最悪の独裁者の「真実」を真の意味で検証する
画期的な作品かもしれない。

08 9/12 UPDATE

第三帝国がまだ無茶やってる時代に作られた『独裁者』や『生きるべきか死ぬべきか』以来、ヒトラーほどおちょくられまくりつづける悪の象徴もいないだろう。まぁ、あの「記号」そのものな風貌も、容易に笑いへと転化しやすい。貧相なチビ連れてきて目にクマとチョビ髭つけりゃ、誰が演ってもそう見えるもの。......ってことを当時から看過していたチャプリンやルビッチは偉かった。両方ともそういう映画だからして。

そんなファニーなキャラクター性(?)と仕出かしたことの凶悪さとのギャップが、最大の被害者であるユダヤ人をいたく刺激するのはもちろんのことで、チャップリンにしろルビッチにしろ、あるいは幾度となく作品に登場させたメル・ブルックスにしろ、総統に対する恨みやら恐怖やら侮蔑やら自虐やらのさまざまな感情を彼らは笑いへと結びつけてきたのである。ユダヤ・ギャグとは大いに自らを嗤いとばすことで自分たちの特殊性を称揚することが基本だからして。

んなわけで、新たなナチズム・コメディである『わが教え子、ヒトラー』の監督もまた当然のごとくユダヤ人なのである。しかしこれがもう小鳩のように震えるアドルフちゃんで、下手すりゃ母性本能を誘発しかねないような(映画のなかにもそういうシーンがある)かなりチャーミングなヘタレキャラなのはいささか驚き。憎っくき仇を感情的にしろ理知的にしろ茶化しせせら笑うといった、今までのコメディにおけるヒトラー像とはかなり異なるのは、時間が積み重なったからこそ生じた赦しの心か、彼もまた傀儡であったと捉える心の余裕というものか、これこそが知性であるというべきか。

1944年、陥落間近のベルリン。宣伝大臣ゲッベルスは廃墟となった都市をオープンセットで覆い、雄々しく演説するヒトラーを撮影して即日公開、戦意高揚せんと目論んだ。映画史的にいうと、ナチズム高潮期にレニ・リーフェンシュタールが造り上げた『意志の勝利』('34)の超絶プロパガンダ効果ふたたび、ということですね。

でも当の総統は不安神経症に陥って寝小便とインポに悩んでいる。そこで担ぎ出されたのが収容所に収監されてしまったユダヤ人名優アドルフ・グリュンバウム。演説ひとつで人心を掌握したヒトラーの発声法・呼吸法を今いちど叩き直し、たった5日でカリスマを取り戻そうとするのだ。

グリュンバウムは妻子と暮らせることを条件にこれを受諾。でもこれは憎っくきヒトラーを殺す絶好のチャンスだ。総統を貶めるようなシチュエイションをレッスンに取り入れ、さらにスキを見ては殺害の機会を伺うグリュンバウムだが、幼少期のDV体験にうなされ自信喪失の極にあるあまりにも哀れな独裁者の姿に思わず......。

まあ、まさか、たぶん、おそらく、われらが手塚治虫の「アドルフに告ぐ」を知っていたわけではないと思うけれどね。複数のアドルフが合わせ鏡のような関係になるところ、「ヒトラー=ユダヤ人説」が事実として語られるところなど共通点がけっこうあるのも日本人には面白いかも。それにしてもこのホントのようなウソの話を「ヒトラーの本当にホントの真実」だとうそぶく原題にもみられるように、これはあの最悪の独裁者の「真実」を真の意味で検証する画期的な作品かもしれないのだ。

Text:Milkman Saito

『わが教え子、ヒトラー』

監督/脚本: ダニー・レヴィ
製作: シュテファン・アルトン
撮影: カール・F・コシュニック、カーステン・ティーレ
音楽: ニキ・ライザー
美術: ダリウス・ガナイ
出演: ウルリッヒ・ミューエ、ヘイゲ・シュナイダー、ジルヴェスター・グロート、アドリアーナ・アルタラス
原題: Main Fuhrer
製作国: 2007年/ドイツ
上映時間: 95分
配給: アルバトロス・フィルム

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