08 9/17 UPDATE
語る者。それを聴く(あるいは読む)者。物語にはその両者が必要だ。しかもその関係は常に在り続け、物語はそれによって随時変化していく。民間伝承のたぐいならもちろんのこと(アーサー王しかり清水次郎長しかり)、明確に作者が存在する書物にしたって、多くの場合聴き手の恣意で変わっていく(『ピノッキオ』のもとの話を正確に語れるヒトなんているだろうか?)。
この『落下の王国』にある「物語」とは、そうした"語る者"と"聴く者"の関係性そのものだ。"語る者"と"聴く者"それぞれの夢想と現実が互いに反応しあって、不定形に変化していくその面白さが根っこにある。
時は前世紀のはじめ。恋人を人気俳優に寝取られ、自殺願望にとりつかれた無名のスタントマン、ロイ。撮影中に橋から馬と落下するという事故を起こし、片足を折ってしまう。担ぎこまれた病院で彼は、ルーマニア移民でオレンジ農園経営者の5歳の娘アレクサンドリアと出会う。少女は農園で木から落ちて腕を骨折していたのだ。動けないロイは少女に、自殺するためのモルヒネを薬局から盗んでこさせようと気をひくため、奇想天外な物語を語り始める......。
しかし先に言ったように、"語る者"と"聴く者"の思いは反応しあい、物語も変化していく。ロイが語るのは、総督オウディアスによって孤島に追放された5人の勇者の物語。しかし、その姿はそれぞれロイとアレクサンドリアの周りにいる人々、あるいは親族、あるいは敵に仮託されるのだ(悪の総督はロイの恋敵だったりして)。ロイの絶望を物語は反映し、そんなのは嫌だとアレクサンドリアが撤回すれば別の展開にもなるだろう。それがロイの心を傷つけ、あるいは癒しもするだろう。......こうしてお話は、ふたりの現実を反映しまくって思いもかけぬ方向に進んでいく。
監督は、インド出身ながらアメリカCM界の寵児となったターセム・シン。世界遺産13カ所を含む24カ国を(CM仕事にかこつけて)巡り、4年の歳月をかけて紡ぎあげた巨大な自主映画である。前作『ザ・セル』では、ホラー・サスペンスの装いをとりつつ、現代美術を思いっきりパクりまくっていたのが凄かったが(笑)今回そうしたハッタリはなし。しかしそこはターセム、やたらゴージャスかつ幾何学的デザイン性に溢れる画面は圧倒的だ。とりわけ借景のセンスはやはり感嘆するしかなく、あのソウル・バスをあちこちで彷彿とさせもする(たとえば『枢機卿』のタイトル・デザインとかね)。もうこれは、できるだけ大きな画面で浴びるように観る!というのが正しい鑑賞方法だ。
しかしそれにも増して面白いのが映画の構造そのもの(もろブレヒト「叙事的演劇」の方法論の援用だが)であるというのがやる気まんまんではないか。開かれた物語を映画というメディアを使って表現しようという意欲からか、ピンホールの原理で緑の壁にさかさまに映し出される馬をはじめ、原初的な映画のアイコンもあちこちにちりばめられている。冒頭から繰り返されるベートーヴェン第7交響曲第2楽章の旋律も効果的。
Text:Milkman Saito
『落下の王国』
監督:ターセム
脚本:ダン・ギルロイ、ニコ・ソウルタナキス、ターセム
製作総指揮:アジット・シン、トミー・タートル
製作:ターセム、ニコ・ソウルタナキス、ライオネル・コップ
撮影:コリン・ワトキンソン
音楽:クリシュナ・レビ
美術:ゲド・クラーク
衣装:石岡瑛子
出演:リー・ぺイス、カティンカ・アンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローン、エミール・ホスティナ、ロビン・スミス、ジートゥー・バーマ、レオ・ビル、ジュリアン・ブリーチ、マーカス・ウェズリー
原題:The Fall
製作国:2006年アメリカ映画
上映時間:1時間58分
配給:ムービーアイ
シネスイッチ銀座、渋谷アミューズCQN、新宿バルト9他 全国ロードショー中
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