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『宮廷画家ゴヤは見た』

『宮廷画家ゴヤは見た』

名画家の目を通して見る歴史に翻弄された人間の姿

08 10/07 UPDATE

なんだか市原悦子チックな邦題だけど、まさしくそのとおり、この映画のフランシスコ・デ・ゴヤは事件の目撃者あるいは観察者という役割にある。もっとも彼の生涯の一時期は物語に沿って、かなり深くまで描かれてはいるのだが。

その一時期とは、18世紀後半から19世紀初頭にかけてのスペイン。カルロス4世の時代から、ナポレオン率いるフランス軍の侵攻、そして王制の復帰......というまさに動乱期だ。という意味でこれは、実在・架空取り混ぜた人物を軸に据えながら時代をわしづかみにした「歴史映画」なのだが、まぁ見てきたような嘘の巧いこと。さすが『アマデウス』の監督である。

......なぁんて書いてはみたものの、実は僕、ミロス・フォアマンってあまり好きな作家じゃないのだ(笑)。というか "ミロシュ・フォルマン"への愛情が強すぎるんだよね。

あの破天荒な『消防士の舞踏会(火事だよ!カワイ子ちゃん)』('67)、キュートさ極まる『ブロンドの恋』('65)...昔TVで初見して以来、僕のフェイヴァリットであり続けているフォルマン監督チェコスロヴァキア時代の逸品、スラプスティック風味のコメディだ。僕にとっての「プラハの春」とは、まずこの2作品によってイメージされるものであるからして。

しかしチェコへのワルシャワ連合軍=ソ連軍の侵攻とともに、ミロシュはアメリカへ逃れミロスとなる。もちろんこれは両国で読み方が違うだけのことだが、渡米とともに作品の肌合いもまた大きく変化してしまったのだ。どうも軽やかさに欠けるんだよね。ただし『アマデウス』『ラリー・フリント』『マン・オン・ザ・ムーン』など伝記=伝奇ものには重厚さとある種の軽さが同居していて、本作もその流れから外れない。

おっと、話が逸れたか。では本作の真の主人公は誰かというと、ロレンソという神父 (ハビエル・バルデム、またしても怪演)なのである。彼は自由主義者ヴォルテールの著作を知っていたり、ゴヤの風刺銅版画集「気まぐれ」に共感してもいる。それどころか肖像画をこの画家に依頼してさえいるのだ。しかし同時に彼は教会権力の強化を目論み、異端審問の強化を進言する。そう、ロレンソは時代の端境期にいそうな、鵺のような人物なのだ。

しかしそのとばっちりで、やはりゴヤの絵のモデルを務めていた豪商の美しき娘イネス(ナタリー・ポートマン、そりゃあもう力演)が無実の罪に問われて拷問・投獄。献金と引き換えに出獄させてやってくれ、とゴヤからイネスの父親の意向を聞かされたロレンソは異端審問所の牢屋を訪ねるが、そこでイネスに一瞬で惹かれ、そして......。

15年の時が経つ。いまやスペインは、教会の横暴に替わる新しい災難・ナポレオン軍の侵略と虐殺にさらされている。はたしてナポレオン旗下の大臣としていけしゃあしゃあと帰還した人物こそ、かつての神父・ロレンソ。異端審問側だった彼が、その牢をついに解放することになるのも歴史の滑稽さ。しかもそこから現れた全身疥癬まみれの女は......。

フォアマンはこの作品のアイディアを50年前に着想したのだとか。罪なき者が囚われの身となる状況に、当時の共産主義下のチェコを重ね合わせたのだというが、それは観ていて容易に察しがつく。それよりもっと面白いのは、ロレンソという食わせ者だが興味つきないキャラクターこそおそらくフォアマン自身だ、ということ。かつて動乱の祖国を捨てアメリカに逃げた自分自身を自虐的に投影させているのである。この作品のダイナミズムと物語の強さは、そうした負い目に大きく因るといって間違いではない。......そういえば、王の画家でありながら、裏では教会権力や公序良俗を指弾する絵を描くゴヤとて、やはり鵺性の高いクセ者なのだ。

ほとんどブニュエル的な黒いユーモアを感じさせるところなど、共同脚本ジャン=クロード・カリエールの色がかな〜り濃厚ではあるにしても、これはフォアマンの渡米後最高傑作といっていい。とにかくやたらと面白い。必見である。

Text:Milkman Saito

『宮廷画家ゴヤは見た』

監督:ミロス・フォアマン
脚本:ミロス・フォアマン、ジャン=クロード・カリエール
製作:ソウル・ゼインツ
製作総指揮:ポール・ゼインツ
共同製作:デニース・オデル
共同製作/ライン・プロデューサー:マーク・アルベラ
撮影監督:ハビエル・アギーレサロベ(A.E.C.)
美術:パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン
編集:アダム・ブーム
衣装デザイン:イヴォンヌ・ブレーク
音楽:ヴァルハン・バウアー
出演:ハビエル・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカルスガルド
原題:GOYA'S GHOSTS
製作国:2006年/アメリカ
上映時間:114分
配給:株式会社ゴー・シネマ

2008年10月、スバル座・渋谷東急・新宿ミラノ他全国ロードショー

http://goya-mita.com/

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