08 10/08 UPDATE
リストラされても家族に打ち明けられず、毎朝会社へ通う父(香川照之)。その事実を知りつつも知らぬ顔を決めこむ母(小泉今日子)。突然米軍に入隊してしまう長男。そして、家庭にも学校にもよりどころがないことを悟りながら、ある日ピアノの天才的才能を見いだされる次男。
黒沢清の新作はいわば、東京の一般的な家庭に潜んだいくつもの秘密をキイとして、この未来の読めない世界の行く末を探ろうとするホームドラマだ。しかし黒沢清の映画というのは、常にホラーでありコメディであり都市論であり、それらがごく自然に同居しているところに僕にとっての魅力がある。本作の冒頭、開いたままのサッシに雨が吹きこみ、床を濡らす。強風でゆらゆら揺れるブラインド。その日......会社で、父に辞職を促す上司の影もまたゆらゆら揺れる。この得体の知れぬ不安感はまさしくホラーだ。ほとんどドイツ表現主義的といってもいい、ハローワークの階段に延々と並ぶ求職者たちの静かな絶望に暮れた影もまた不気味である(光を巧みにコントロールしてみせる芹澤明子のキャメラが素晴らしい)。
父と高校時代の同級生だった男(津田寛治、好演)もまた、リストラされたことを家族に隠したまま、日がなブラブラしている。しかし決まった時刻に自動的にケイタイに着信するようにセットし、"社会人"としての表層だけ取り繕っているのが滑稽だ。また、家族たちの煩悶から距離を置き、そのぬかるみの中に身を沈めて「誰か私を引っ張って......」と手を宙に差し伸べる母は、いきなり家に押し入ってきたマヌケな強盗(役所広司)と衝動的に出奔してしまう。そのふたりのやりとりやドタバタはコメディ以外の何物でもない。いや正直、爆笑モノ!......ま、男たちはふたりとも結局絶望してしまうわけだが。
そんな恐怖と笑いのはざまで、「救命ボートの行っちゃった沈みゆく船」に大人たちはまだしがみついている。では、そんな「沈みゆく船」からイチかバチか脱出を図る子供たちはどうか。
大学生の長男はアメリカの傘のもとで"平和"にまどろむ日本を出て、米軍に入隊する。しかし、それでこの歪んだ世界は変わるのか。
まだ小学生の次男も逃走する。実際に友人と、またピアノの世界へと。しかしそれは根拠のない大人の論理によって失敗してしまう、かに見えるのだが......。
加速していく崩壊感覚のなかで、ここに黒沢清は、ドビュッシーの「月の光」の音とともに、実におぼろげな希望を提示する。『CURE』『回路』『アカルイミライ』等のハードなラストと比較するとやや楽天的な気もするが、そう、ここは船といっしょに沈んでしまっちゃいけないんだものな、断じて!
Text:Milkman Saito
『トウキョウソナタ』
監督:黒沢清
脚本:マックス・マニックス、黒沢清、田中幸子
製作総指揮:小谷靖、マイケル・J・ワーナー
製作:木藤幸江、バウター・バレンドレクト
撮影:芦澤明子
出演:香川照之、小泉今日子、小柳友、井之脇海、井川遥、津田寛治、役所広司
製作国:2008年/日本、オランダ、香港映画
上映時間:1時間59分
配給:ピックス
恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町ほか全国にて公開中
©2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会