09 4/02 UPDATE
陳凱歌(チェン・カイコー)にはかつて『さらば、わが愛 覇王別姫』('93)という傑作があった。今は亡きレスリー・チャンが京劇の名女形に扮し、全世界を魅了した大河ドラマだったが、その軸となる京劇の演目「覇王別姫」を創作したのが実在の名女形、梅蘭芳(メイ・ランファン)だ。思えば『さらば、わが愛〜』以降の15年、ハリウッド・デビュー即玉砕の『キリング・ミー・ソフトリー』('01)だの、アクション感覚ゼロのお笑い伝奇もの『PROMISE』('05)だの、まったくもってろくでもない映画ばかり放ってほとんど死に体、起死回生を狙う陳凱歌にとって、これはまさに頼みの綱。京劇の世界における革新者・モダニストであり、日本をはじめとするアジアだけではなく、アメリカやソヴィエトへも赴いて自身の芸術を異文化圏に知らしめた梅蘭芳の生涯こそは、選ぶべくして選んだ題材といってもいい。
リアリスティックな表現に目覚めて旧態依然たる京劇に叛旗を翻し、現代悲劇を上演して守旧派の師匠と対決する青年蘭芳(ユィ・シャオチュン)。妻がありながら、当代きっての男形女優(チャン・ツィイー)との"運命の初恋"に溺れる30代の蘭芳(レオン・ライ)。日本で蘭芳を見て以来、その美の虜となりながら彼を占領政策のプロパガンダとして利用せざるを得ないことになる日本軍少佐(安藤政信)への共感と抵抗。日中戦争を挟んだ激動の時代が背景というのも『さらば、わが愛〜』と重なる部分が多分にあるが、まずはじゅうぶん楽しめる一編になってはいる。
ただ、この映画の目線は梅蘭芳にあるのでは実は、ない。青年蘭芳を感化させ、司法長官の職さえ捨てて蘭芳と義兄弟の契りを結び、京劇の世界に飛びこむ新演劇のセオリスト、邱如白(スン・ホンレイ)にあるのだ。自らの演劇理論を理解し実践してくれる俳優が現れたことの嬉しさ。その若く才気あふれた俳優との共同作業によって理想がつぎつぎと最高の形で実現していくことの歓び。それ以上に邱自身も、蘭芳の「優美な情熱の表現」、いや蘭芳の体現する美と色香に耽溺していき、それは次第に明らかなホモセクシュアルの空気を帯びてくる。やがて蘭芳が愛する女性が現れたとき,わき上がる嫉妬心を「芸術の邪魔になるから」と置換して陰謀をめぐらせて......。いわば邱如白こそが本作の真の主役といってもいい。
ま、そう思わせるだけの迫力がスン・ホンレイの演技にあるのであるが、言い換えればレオン・ライに稀代の女形に見合うだけの色気がいまひとつ足りないということでもある(笑)。だいいち観客は、どうしてもレスリー・チャンと比較してしまうのだから損な役回りだ。おそらく陳凱歌もそれは重々承知で、むしろ青年時代を演じる新人ユィ・シャオチュンに惚れ込んでいるのがよーく判ってしまうんだな。確かに中性的なオーラを発するユィは、革新者の芯の強さと名女形のたおやかさを見事に表現している。メイクすれば驚くべき美しさ。おかげで全体の三分の一以上が青年時代に当てられているのだが......本当はもっと長いはずなのであった。
それは青年蘭芳の結婚以後のシーンが、撮影されながらもすぱっと(いや、もう驚くべき大胆さで!)カットされているから。その蘭芳の妻の若き日を演じたのは、香港のアイドルデュオTWINSのジリアン・チョン。例のエディソン・チャン事件......あのセックス・スキャンダルのあおりを食っちまったのである! その部分がきちんとあれば、後半の愛憎模様もかなり濃厚に感じられただろうに。
Text:Milkman Saito
監督:チェン・カイコー
脚本:ゲリン・ヤン、チェン・クォフー、チャン・チアルー
出演:レオン・ライ、チャン・ツィイー、スン・ホンレイ、チェン・ホン、ユイ・シャオチュン、安藤政信、六平直政
原題:梅蘭芳
製作国:2008年中国映画
上映時間:2時間27分
配給:アスミック・エース、角川エンタテインメント
http://meilanfang.kadokawa-ent.jp/
2009年3月7日より新宿ピカデリーほか全国で公開中