honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

『スラムドック$ミリオネア』

『スラムドック$ミリオネア』

波瀾万丈な人生とクイズの一問一問が、
偶然にも重なるファンタスティックな奇跡譚

09 5/01 UPDATE

言わずと知れた今年のアカデミー賞ナンバーワン映画。

監督ダニー・ボイルといえば、いまだにまず『トレインスポッティング』('96)ってことになるんだろうな。いやそれ以降もイギリスで撮った『ストランペット』('01)等の小さな映画や、SF好きにはグッとくるがそれ以外のヒトには多分失敗作であろう『サンシャイン2057』('07)など評価すべき作品もあるにはある。しかし時代を作った『トレイン〜』と、ハリウッドに呼ばれて作った『普通じゃない』('97)『ザ・ビーチ』('99)の無惨な失敗の落差はやはり埋めにくくて、どうしても作品にムラのある監督という印象が抜けなくなってしまった。ま、どちらかといえばイギリスで作ったほうが肌に合っているのは間違いないが。

で、コレもイギリス映画。しかも規模も大きくはなく、佳作『ミリオンズ』('04)の系列にある、子供が主人公(少なくとも全体の2/3は)の作品である。しかし......大きく特殊性があるのは舞台がインドだってこと! この映画の魅力のほとんどはその点にあるとさえいってもいい。

映画は黄色いライトが苛立たせる警察の取調室からはじまる。尋問されるだけならまぁいいが、拷問まで受ける18歳の少年ジャマールの姿。......彼はインド版「クイズ・ミリオネア」に出場し、"あと一問で最高金額獲得"というところまで正解を出しつづけたが、なぜか放送終了直後逮捕され、ここに強制的に連れてこられたのだ。

つまりである。ムンバイの極貧のスラムで野良犬のように生きてきた少年が、ここまで難問を答え続けられるワケがない。きっとイカサマしたんだろ、そら洗いざらい吐かんかい、ってこと。しかしジャマールが答えられたのには理由があった。

兄の貸しトイレ商売に付き合ってる途中、ヘリで突然スラムにやってきたインド映画界最大のスター、アミターブ・バッチャンに、クソまみれになりながらサイン貰いに行ったこと。狂信的ヒンドゥー教徒のムスリム虐殺の犠牲になり、目の前で母親が殺されたこと。孤児たちを集め、物乞い集団を組織する非情なヤクザに引っかかり、目を潰されそうになったこと。そして、やはり孤児の少女、ラティカと出会い、生き別れになってしまったこと......。

そんな過酷な「運命」が、たぐいまれな「幸運」にすり替わったというべきか。ジャマール(と兄のサリーム)のかな〜り波瀾万丈な人生とクイズの一問一問が、"偶然にも"密接に重なっていたのだった!......とまあ、いわばファンタスティックな奇跡譚ではあるのだけれど、同時にそれは現代インドの抱える深刻な諸問題を如実に表すものでもありはする(昨年公開されたドキュメンタリ『未来を写した子供たち』などを観ていると、よりリアルに感得できるはず)。

しかしだ。映画は知ったかぶりの社会派に堕ちない。重いもの軽いもの取り混ぜて、エピソードは120分のあいだにてんこもり状態だが、『トレインスポッティング』ばりの(調子のいい時の)ダニー・ボイルならではのぶっ飛ばしたテンポ、さらにはドグマ・スタイルの名手アンソニー・ドッド・マントルの機動性の高い融通無碍なキャメラ・ワークでもって、観客はラストまで一気に引っ張っていかれる。これがなにより快感だ。さらにはボリウッド随一のヒット・メイカー、A.R.ラフマーンの音楽がさらに映画のノリを加速させる。

まあ、喜劇と悲劇をてんこもりにしつつ、ぐいぐいハッピーエンドへと引っ張っていくボリウッド的な要素はかなり取り込んでいるものの、それなり以上のインド映画好きである僕からすると、これはやはりダニー・ボイル的な映画というべきかな(インド映画好きのあいだでも異論はあるが)。ま、そんなことは差し当たってどうでもよろしい。まずはこの見事な語り口の妙を存分に楽しめばいいんじゃなかろうか。とにかく面白いから!

Text:Milkman Saito

『スラムドック$ミリオネア』

監督:ダニー・ボイル
脚本:サイモン・ボーフォイ
出演:デブ・パテル、フリーダ・ピント、イルファン・カーン他
原題:Slumdog Millionaire
製作国:2008年イギリス映画
上映時間:2時間
配給:ギャガ・コミュニケーションズ

http://slumdog.gyao.jp/

全国大ヒット公開中

©2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation