09 5/25 UPDATE
ひっきりなしに繰り出される怒濤の小ネタ。ひとつひとつはくだらないといえばくだらない。しかしそれもひっくるめて、地上から3センチ浮き上がったような妙な世界を見事につくりあげ、納得させてしまう類い稀なる才能、それが三木聡だ。前作『転々』では藤田宣永の原作を完全に換骨奪胎してみせたが、今回はオリジナル度100%。だいたい『インスタント沼』なんていうワケ判らんタイトル、彼以外の誰が思いつくんだ? というか、そのタイトルで製作をGOできるのは彼くらいしかいないかも(笑)。
主演はTV「時効警察」(と、その婦人警官役で特別出演した『転々』)以来のコンビとなる麻生久美子。いまや日本映画界イチの超売れっ子が演じるのは、潰れかけのお洒落雑誌編集者・沈丁花ハナメ。その彼女がつまらなくも冴えない自分の日常と妄想を、駄洒落とボケ満載で喋りまくるモノローグから映画は始まる。それに重なる画面は8ミリ自主映画風、麻生のコトバの一字一句に呼応して、映像も軽快なリズムでいちいちボケたおすのが凄いのだ。ホント、ここだけで普通の映画一本分の満足感があるってもの。
それにしてもこのハナメ、自ら「ジリ貧」と称してはばからぬほど人生下降線状態である。でもはっきりいって全然コタエてない。というか落ちこみもするけれど回復が早い。やたら明るく元気だ。冒頭の"8ミリ"で「昔の学生映画はやたらと走る」と醒めた目線でいうけれど、彼女もまたそうした無意味な昂揚のなかに生きている感じなのである。
だがハナメは頑強な現実主義者。そうなってしまったのは8歳の誕生日に父親が出ていってからだ。「庭でウロチョロする河童」とかありえないものまで見てしまう母親とはやはり相容れなかったのだろうか。父に貰ったバースデーケーキやシンバル猿やオルゴールのバレリーナや黒い招き猫と一緒に、「家庭のしあわせ」などという幻想も沼に沈めてしまったようである。ついでに「ツキ」とかいうものも。いまさら招き猫を救い出そうにも、沼は更地になって草ボーボー。
結局雑誌は廃刊、先行きの展望もないのにハナメはすっぱり会社を辞め、生活をリセットするべく家財一切売り払う(こういうところが極端だが、執着心がなくて潔い)。ところが今度は母親が、なぜか池でおぼれて意識不明の植物状態に。どうやらハナメに見せてやろうと河童を捕獲しようとしたらしい(笑)。しかしその池の底から古い郵便ポストが......。その中には母がむかし書いた手紙が入ったままになっていて、どうやらハナメの実の父は出ていった男と別人らしいことが判明! 林静一の絵にあるような昭和悲恋物語を思い浮かべつつ父親(?)を訪ねていくと、そこはいかにも価値のなさそうなモノばかり置いてる骨董屋、屋号をとって「電球」と呼ばれる、なるほど額が大きくハゲあがったヒッピーくずれのおっさんだった......。
母親を演じる松坂慶子の浮世離れした空気も最高だが、その元カレである「電球」役の風間杜夫も実にいい(つか『蒲田行進曲』じゃないか!)。落ちこんだハナメに電球は「そういう時は水道の蛇口をひねれ!」とアドバイス。バスタブに栓をして蛇口をひねり食事に出かける。水があふれる前に戻らなきゃという緊張感でテンション上がりまくり! 走る走る、親子(?)ともども激走する、まるで学生映画のように街を走る。そうするうちにハナメのウルトラポジティヴが甦る。そしてやがて芸術的に折れ曲がった古釘と「インスタント沼」の奇跡が!
......ってなんのことだか判りませんよね。いや、それでいいのだ。見なきゃ判らん、見ても判らんかも知れない。でも世界は間違いなく楽しくなるはずだ、だいいち麻生ちゃんがムチャクチャ元気だしね。とりあえず水道の蛇口をひねれ!
Text:Milkman Saito
『インスタント沼』
監督・脚本:三木聡
出演:麻生久美子、風間杜夫、加瀬亮、松坂慶子、相田翔子、笹野高史、ふせえり、白石美帆、松岡俊介、温水洋一、工藤官久郎ほか
製作国:2009年日本映画
上映時間:2時間
配給:アンプラグド、角川映画
大ヒット上映中!
©2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ