09 7/23 UPDATE
いまや「バーダー・マインホフ」が何を意味するのか、知らない世代がほとんどだろう。もうずいぶん昔のことになってしまったからね。かくいう私も大きなことは言えない年代だが、いちおう整理してみる。
1960年代末、世界じゅうが革命の季節に突入した。なんといっても象徴的なのが68年。戦火にあったヴェトナムではベトコンによるテト攻勢がはじまり、アメリカ国内でも反戦運動が激化。いっぽう黒人公民権運動の指導者キング牧師、そして民主党のカリスマ、ロバート・ケネディが相次いで暗殺される。フランスでは学生と労働者によるゼネスト「五月革命」が勃発、まっただなかで開催されたカンヌ映画祭もトリュフォーやゴダールらによって粉砕された。チェコスロヴァキアでは"人間の顔をした社会主義"を掲げて「プラハの春」がはじまるが、たった半年でソ連を中心とするワルシャワ条約機構が軍事介入し潰されてしまう。
もちろん西ドイツも例外ではない。前年に起こった警官によるデモ学生射殺事件をきっかけに学生運動が激化、ヴェトナム戦争への抗議として百貨店に放火するといった過激な直截的行動も現れた。本作のタイトル「バーダー・マインホフ(・グルッペ)」とは、この放火犯である極左活動家アンドレアス・バーダーとその恋人グドルン・エンスリン、そして彼らの行動を擁護した女性左翼ジャーナリスト、ウルリケ・マインホフが中心となって結成された、反帝国主義・反資本主義の急進的武装組織のこと。ほどなく日本赤軍に倣って「ドイツ赤軍(RAF)」と正式に名乗ることになるこのグルッペ=グループの誕生前夜1967年から、壊滅を決定づける事件を起こした1977年に至る10年間を描いた作品なのだ。
むろん彼らは世界革命の理想に燃えるマルクス主義活動家だった。だがその理想は徐々に無差別テロさえ辞さないものとなり、「帝国主義的システムを壊滅する」というお題目のもと、強盗・爆破・誘拐・暗殺とあらゆる犯罪行為に手を染めていく。......なんて書くと、いかにも理想に呑み込まれ、理想に殉じた悲劇の青春像っぽく彼らを捉えた映画のように思えるかも知れないが、実際はまったく逆。はっきりいって醒めている。作者の側に思い入れがあったとしてもそれを排し、客観性を貫こうとするような調子で描かれているのだな(そのぶん演出はやや平坦だが、事実がダイナミックなもので150分の長丁場をあまり退屈させない)。
そもそも原題は「バーダー・マインホフ・コンプレックス」。ファザコンやロリコンみたいに、バーダー・マインホフの活動が強迫観念になってしまった、というか信奉しきっちゃった次世代RAFたちを示してもいるわけだろう。実際、映画の後半は彼らが大きくクローズアップされもするが、体制を直接的行動で揺さぶる彼らにエールを送るという市民感情も一般的なものとして確かにあったことも描かれる。先の放火事件で捕まったグドルン・エンスリンの保守的で偏狭な両親が、法廷で敢然と自説を譲らぬ娘の行動理念に感化されてしまうのもひとつのあらわれだろう。
じゃあ当のバーダー&マインホフらはどうかというと、映画の真ん中くらいであっけなく捕まって獄中に。煮詰まった彼らの心には疑心暗鬼が芽生えはじめる。その結果、自分たちの革命的暴力行為をペンで理論武装していたマインホフは自己批判をはじめたばかりに、牢の中の同志に疎んじられて"自殺"......。でも塀の外では"謀殺"と置き換えられて彼女は偶像化され、弔い合戦としての、あるいは塀の中に残った同志を奪還するための新たなテロに走らせるのだ。いわく「ストックホルム・ドイツ大使館占拠事件」「ルフトハンザ機ハイジャック事件」「実業家シュライヤー誘拐事件」......(正直63年生まれの僕はこのあたりの事件しか記憶にないが)。
自殺か謀殺か、真相は知らない。しかし本作の作者は少なくとも謀殺説など歯牙にもかけず、塀の中に残されたメンバーについても、塀の外の次世代RAFについても、じつに身も蓋もないオチを用意するのだ。事実に対して、自分たちの見たいものしか見ようとしない者たちを嘲笑うかのように。
どうしても日本に住む者としては、日本赤軍......というより連合赤軍の顛末を想起せざるをえない部分が大いにある。明らかに"当事者"であった若松孝二が自らを総括するように製作した『実録連合赤軍 あさま山荘への道程』という作品も本作と同時期に創られたことだしね。しかし両者の立ち位置は微妙に、そして決定的に違う。風土の差も含め、そのあたりを考えながら観るのも一興だろう。
Text:Milkman Saito
『バーダー・マインホフ 理想の果てに』
監督:ウリ・エデル
脚本:ベルント・アイヒンガー、ウリ・エデル
出演:マルティナ・ゲデック、モーリッツ・ブライプトロイ、ヨハンナ・ヴォカレク、ブルーノ・ガンツほか
原題:The Baader Meinhof Complex
製作国:2008年ドイツ・フランス・チェコ合作映画
上映時間:2時間30分
配給:ムービーアイ
7月25日(土)シネマライズほか全国順次公開
©2008 CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH NOUVELLES ÉDITIONS DE FILMS S.A. G.T. FILM PRODUCTION S.R.O.