09 8/04 UPDATE
ブラック・シネマ中興の祖ともいえるスパイク・リーが、アフリカン・アメリカン・カルチャーにおける現代屈指の論客であるということに異論はない。近年もイーストウッドを掴まえて硫黄島二部作にほとんど黒人兵が出てこないと難クセついて健在ぶり(?)を示し、それが本作『セントアンナの奇跡』を創るきっかけにもなったのだろうけれど、実のところ作品においては『ドゥ・ザ・ライト・シング』や『マルコムX』の時代のように、黒人からの視点一辺倒なものからは、ずいぶん以前から離れていっているのだ。その詳細を述べれば長くなってしまうので今は避けるが、ここ10年あまりは黒人俳優が出てこない、あるいはメインを張らない映画を撮ることも少なくない。そのかわり、アメリカという国家における人間群像を歴史的に大きく眺めようという視座を得たことで、作家として格段にスケールアップしたといえるんじゃないか。
とはいえ、本作が人種間問題を扱っていないかというと、それは大いに違う。スパイクの近作にしては例外的に、黒人差別の問題に言及する部分がとても多いのだ。だが、それはそれとして、全体的なムードはいつにもましてヨーロピアン。それは舞台がイタリアだからというだけではない。具体的にはタヴィアーニ兄弟の作品......たとえば『サン★ロレンツォの夜』('82)を彷彿とさせる物語性と歴史性、そしてファンタジー性を持っているのだ(タヴィアーニ映画常連の名優オメロ・アントヌッティと、現代イタリア映画界を代表する俳優ルイジ・ロ・カーショをきっちり出しているのもシネフィルのスパイクらしいところ)。
語り口も意表をついている。第二次大戦時のイタリア戦線でナチと闘った、黒人だけの部隊"バッファロー・ソルジャー"の物語だと思って観はじめると、1983年のニューヨーク、ハーレムのアパートで、『史上最大の作戦』を観ている老黒人の姿からはじまるので面食らうはず(笑)。彼は実直な郵便局員なのだが、この老人がいきなり次のシーンで、窓口に切手を買いにきた老白人を射殺するというサスペンスフルな展開に! これでツカミはOKってもんだ。この二人の関係は? 郵便局員の部屋から見つかった、重要文化財級の彫像は何を意味するのか? 彼の逮捕を知って動揺する、身なりのいい中年男はいったい誰? そこから物語は1944年のトスカーナ地方へと遡る。
「あなたたちなんてアメリカ軍になんとも思われていないのよ」「戦っているあいだに白人どもが奥さんや娘を寝取ってるわ」などと、ドイツ版東京ローズ、アクシス・サリーのプロパガンダ放送が拡声器から流れる中、バッファロー・ソルジャーとナチの『プライベート・ライアン』はだしのリアルで凄絶な戦闘が繰り広げられる。
その最中、干し草小屋に隠れていた8歳の少年アンジェロを爆撃から救った4人の兵士が敵陣で孤立してしまう。仕方なく身を寄せることになったのは「眠る男」と呼ばれる山のふもとの小さな村。"黒人差別を知らない"イタリアの村人たちの中で、兵士たちはアンジェロ (彼には見えない少年に話したり、毀れた無線機を直したりする不思議な能力があった) との繋がりを深め、村の娘と愛しあい(それでいさかいが起こったりするのだが)、アメリカではついぞ感じることのなかった自由を覚えた。
ある日、山から村に反ファシズムのパルチザンたちが降りてくる。リーダーのペッピと仲間のロドルフォは、まだアンジェロも知らないことだったが彼の経験した過酷な現実に深く関与していたのだ。そして39年後、ニューヨークで起こる殺人事件と"ある奇跡"とに......。
160分あまりもある映画だが飽きさせない。多彩な要素をタペストリのように紡いでできあがった物語にはさまざまな感情が織り込まれている。善と奇跡を信じつつもファンタジーに逃げず、「これが僕らの時代だよ」と誤摩化しようのない現実をしっかり登場人物と観客に見せつけるスパイク・リーの態度。......これもまた、「歴史の連続性のなかのいまの私」であると心した人間の良心、あるいは知性であると思う。
Text:Milkman Saito
『セントアンナの奇跡』
監督・製作:スパイク・リー
製作:ロベルト・チクット、ルイジ・ムジーニ
原作・脚本:ジェームズ・マクブライド
製作総指揮:マルコ・ヴァレリオ・プジーニ、
ジョン・キリク
出演:デレク・ルーク、マイケル・イーリー、
ラズ・アロンソ、オマー・ベンソン・ミラー、
マッテオ・シャボルディ、ジョン・タトゥーロ、ほか
原題:Miracle at St. Anna
製作国:2008年アメリカ・イタリア合作映画
上映時間:2時間43分
配給:ショウゲート
大ヒット上映中
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