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『ボルト』

『ボルト』

社会にうまく適応できない孤独な魂たちの物語

09 8/14 UPDATE

自らが総帥的存在だったピクサー社は買収というかたちになっちゃったけれど、買収元であるディズニーの、アニメーション部門におけるクリエイティヴィティを全面的に掌握したジョン・ラセター。はっきりいって彼の「勝ち」であって、このところのディズニー・アニメの凋落・堕落ぶりはひとまず解消されるのではないだろうか(このあたりの事実上の勝利宣言をアナロジカルに描いたのがピクサーの『レミーのおいしいレストラン』だと僕は踏んでいるのだが)。

といって、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティヴ・オフィサーに就任してからもう3年。ラセターが製作総指揮として名前を連ねただけの作品はすでにあるが、今回の『ボルト』が真のディズニー改造計画第一弾、ってことになる。いや、もう、流石ですよ。やる気まんまん。予想以上にめざましい出来なのだ。

動物保護施設の檻のなかで、ひとりニンジンのおもちゃ相手に格闘している白い子犬の愛くるしい姿。そんな彼をもらい受け、ボルトと名付ける少女ペニー。実に微笑ましい犬と少女の出逢いの情景から映画ははじまる。

ところが5年後。科学者であるペニーの父はドクター・キャリコ率いる悪の軍団に拉致され、南米某所に囚われの身となってしまった。救助に立ち上がったのはちょっと成長したペニー、そして肉体改造されてスーパー・ドッグとなったボルトだった!

......って、それはTVドラマの物語。ペニーは人気子役となり、ボルトも人気タレント犬となっていたのだ。ただし大きな問題がある。パートナーであるペニーを本気で守る、というリアクションをリアルに引き出すため、ボルトはずーっとハリウッドのスタジオ内から一歩も出ることなく育てられていた。ドラマ製作陣の意向通り、彼は完全にドラマの世界がホンモノだと信じ切っている。とうぜん自分のスーパーな能力も。

ところがドラマがマンネリ化してきたと欲目を出したスタッフは、ある日の収録をペニーが悪者に攫われたところで終え、立ち向かう気まんまんのボルトを無理矢理トレーラーの中に押し込んだ。しかし脱出した彼はペニーを救けるため必死で走り、勢いづいてガラス窓に激突、梱包材の中にズッポリ。......気がつくとボルトは、ハリウッドから遠く離れたニューヨークに荷物といっしょに発送されていた!

はじめての外界にとまどうボルト。だんだん自分の能力は嘘っぱちだったのだと信じたくなくても判ってくる。でもとにかくペニーを救わなければ。ハリウッドに戻らなければ!......彼と大陸横断の旅をする羽目になるのは、飼い主に捨てられてから虚無主義者になった牝猫ミトンズ。そして、頼みもしないのに自分からくっついてきた、いつも丸いボールの中に引きこもってるTVオタクのハムスター、ライノ。

つまりこれは、世界となかなか折り合いをつけることができない......社会にうまく適応できない孤独な魂たちの物語だ。旅する過程で反発しあい、あるいは助け合いながら、個々人のアイデンティティを確認し、他者と接する方法を見つけていくハナシなのである。3DCGの表情も巧みだし、キャラがなかなか可愛いから子供も楽しめる(感情表現の繊細さ、キャラとしての完成度も近年のディズニーには欠けていたところだ)...と思うが、いや、そうとうに大人向けなのである。

興行収益や視聴率優先、ブロックバスター主義でクリシェづくしのハリウッドを痛烈に皮肉った内容も然り。いささか自己批判的・自己嘲笑的でさえあるのだけれど、シニカルなだけで終わらないのがこの映画の強さ(あるいはいわゆるハリウッド愛)である。しっかりすぎるほど観せてくれる劇中劇はパロディを遥かに超え、構図・編集すべての面で完璧。スパイものアニメーションとして単純に大興奮、007なんてコレを手本にするべきだな。というか、本末転倒だがスピンオフでシリーズ化できるぞ(笑)。

というわけで......正直に言おう。ココまでやっちゃえば、新生ディズニー・アニメはピクサー映画とほとんど区別がつかない(それだけのクォリティの高さが実現されている、ってことですが)。『トイ・ストーリー』みたく、途中の挿入歌のシーンで泣かせる演出もしっかり踏襲されているしね(女声カントリーにのせて、ポップアップ絵本のような大陸横断地図を挟みつつ、三匹が親密になっていく過程が描かれるのだ)。あ、それから本編とまったく異なる2Dなタッチのエンドタイトル・アニメーションもピクサーの常套だが、今回もまた素晴らしい出来。これで別のシリーズがまた創れそうだぞ(笑)。

Text:Milkman Saito

『ボルト』

監督:クリス・ウィリアムズ、バイロン・ハワード
脚本:ダン・フォゲルマン、クリス・ウィリアムズ
製作総指揮:ジョン・ラセター 
声の出演:ジョン・トラボルタ、マイリー・サイラスほか

原題:Bolt

製作国:2008年アメリカ映画
上映時間:1時間36分

配給:ディズニー

大ヒット上映中!

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