09 8/25 UPDATE
1950年にシカゴで生まれ、ブルース〜ロックンロール〜R&Bの時代を橋渡し、常に旗手の位置にいたチェス・レコード。約20年にわたって、アメリカ音楽のターニングポイントとなるアーティスト&楽曲をいくつも送り出した、ポップス史に燦然と輝くブラック・ミュージックのレーベルだ。ちょうどアメリカの黒人史が劇的に変化した時代とも重なり合うわけであって、チェスの変遷を描くことは自然とそこにも深く関わってくる。
1941年、ポーランド移民のレナード・チェスがシカゴの黒人街に開いたライヴ・クラブ。そこにある晩やってきたのが、農場からギター1本担いで出てきた青年マディ・ウォーターズと、ブルース・ハープは天才的だが血気盛んなガキ、リトル・ウォルター。クラブでちょっとしたトラブルを招いた奴らだけど、レナードは実力を見抜きレコーディングさせて、まだ黒人音楽への理解が薄い土壌の中レーベルを立ち上げて、ラジオ局巡回ツアーに出るのである。
この過程で、黒人と白人が同じクルマに同乗するのを取り締まろうとするポリスを敢然と無視したり、曲をオンエアしてもらうため地方のDJを堂々と買収したり、といった当時ならではの社会通念との葛藤や音楽ビジネスの裏のかけひきも織り込まれていく。音楽的に面白いのは、マディやリトルが「電化」への道を歩むところをしっかり描いている部分。なによりコレが後の音楽との大きな接点となるのであるから。利益を出せばレナードは、アーティストにポンとキャデラックをプレゼントする。これも当時の黒人社会では考えられないこと。キャデラックは地位と名誉の象徴なのだ。
そのうちダミ声だけどディープなハウリン・ウルフや、ソングライターのウィリー・ディクスン(彼の回想というかたちをいちおうは取っている)、歌うためならなんでもする飄々とした変人シンガー、チャック・ベリーも参入。さらにレナードは、いろいろとトラウマを抱えてはいるけれどモノ凄い声を持った女性シンガー、エタ・ジェイムズを発掘するのだが......公民権運動の広がりとともに、それまで良好な雇用関係を築いてきたと信じていたアーティストとの間にも亀裂が生じていく。
黒人音楽にそこそこ知識のあるヒトなら、なぜチェス・レコードの創立者は兄弟のはずなのに何故レナードしか出てこないのかとか、いくらブルースの神様だからってマディ・ウォーターズはそんなにレーベルの中枢にいたのかとか、リトル・ウォーターの死因はそんなんじゃないだろうとか、はたまたエタ・ジェイムズがレナードと愛人関係だったなんて初めて聞いたとか、ホントにエタの父親はポール・ニューマンの『ハスラー』にも出てきた名ビリアード・プレイヤー、ミネソタ・ファッツだったのかとか(エタはまだ存命だけど...)、疑問が山ほど出てきはする(笑)。そのあたり、フィクションに徹するのか、知られざる内幕に迫るのかの態度表明があまりに薄いので、ちょっとモヤモヤもするんだけどね。
それでも問答無用のパフォーマンスと痛々しすぎる人物像で釘付けにするエタ役のビヨンセや、意外にセクシーな魅力を振りまくマディ役ジェフリー・ライトのなりきりっぷりを聴き/観る楽しみがあるからね(音声は別録りなのでちょっと口パクっぽいけど、ぜんぶ自身の声!)。さらにロックンロールの創始者チャック・ベリー役は、すっかり俳優業も板についたモス・デフだ。大儲けしながらも白人の店には金を落とさず、黒人差別的なレストランの前にどーんと停めた赤いキャデラックでこれみよがしにサンドウィッチを喰らい、酒もギャンブルもドラッグもたしなまず、でもガールハントだけは止められなくって結局それを理由に投獄されちまう。短い出番ながらも、なかなかに異彩を放つキャラクターだな。あ、レナード役は(僕の苦手な)エイドリアン・ブロディ。歌のないぶん損ではあるけれど、チェスが請け負わざるを得なかった時代をみっしり背負ったなかなかの名演である。
Text:Milkman Saito
『キャデラック・レコード~音楽でアメリカを変えた人々の物語』
監督・脚本:ダーネル・マーティン
出演:エイドリアン・ブロディ、ジェフリー・ライト、ビヨンセ・ノウルズ、コロンバス・ショート、モス・デフ、エマヌエル・シュリーキー、セドリック・ジ・エンターテイナー、ガブリエル・ユニオン、イーモン・ウォーカーほか
原題:Cadillac Records
製作国:2008年アメリカ映画
上映時間:1時間48分
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
http://www.sonypictures.jp/movies/cadillacrecords/
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