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『リミッツ・オブ・コントロール』

『リミッツ・オブ・コントロール』

ジム・ジャームッシュ監督の放り投げる
「イマジネーション」への旅

09 9/25 UPDATE

ジム・ジャームッシュ監督の4年ぶりの新作。これは意欲作!

カンヌを沸かせ、世界的にも大ヒット作となった前作『ブロークン・フラワーズ』(05)やオムニバス『コーヒー&シガレッツ』(03)において、そこはかとないペーソスを漂わせ、淡々と可笑しさを誘うような語り口をフィックスさせ、成熟させてきたジャームッシュ監督が、一転その成熟を翻し、なんとも暗喩的な記号と、溢れ出んばかりの"イマジネーション"に満ちたストーリーを語り始めるのである。

いや、むしろこの映画は暗喩だけで成り立っていると言ってしまっても良いかもしれない。実際のところプロットを要約してしまえば「殺し屋がスペインに向かってその任務を遂行する」とたった一文で済ましてしまうことだって可能なのだ。

「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ──」

フランスからスペインへ、飛行機と鉄道で移動しながら、殺し屋の主人公(イザック・ド・バンコレ)はこの漠然とした任務の遂行に向かう。そのハードな語り口は確かに"ロード・ムーヴィー"のそれかも知れないが、最初から最後まで様々にちりばめられたいくつものコードは奇妙な後味を残す。

「2杯のエスプレッソ」「黒いヘリコプター」「タワー」「ギター」「白い布」...そして現実と重なっていく美術館の壁にかかる絵画...。スクリーンを観ていて、なぜだかふとアントニオーニの『砂丘』が脳裏によぎってしまったのは、その暗喩的な展開からだろうか? あるいは抽象的なイメージの挿入によるものかもしれない。

今回、そのイマジネーションの記号化を実現させているのが、クリストファー・ドイル(彼の撮ったガス・ヴァン・サントの『パラノイドパーク』(07)も美しかった)。ときに監督の手を離れて独走する感さえあるそのカメラワークは、美しく印象的である。実際、ストーリーがようやく転がり始める後半まで、飽きさせることなくスクリーンに目を向けさせてくれたのはこの映像のおかげだったかもしれない。

ジャームッシュ作品の常連、イザック・ド・バンコレが主演、それに加え『ブロークン・フラワーズ』からのビル・マーレイ、ティルダ・スィントン、『ミステリー・トレイン』以来の工藤夕貴と監督作品のスターが集結したキャスティング。

近年の再ブームでミッド・ライフ・クライシス(中年の危機)役がすっかり定着したようなビル・マーレイの口を通して発せられる現代社会に対する発言も、意味深で挑発的だが、結局の解釈は観るものに放り投げられたまま。

映画は一応は任務遂行というエンディングをみるも、そのいくつかの記号から何を読み取るかは、すべて観るものの「イマジネーション」にゆだねられるというわけだ。実際、この世界に明快な解答などないのだから、映画の中にもそれは必要ないのじゃないのだろうか。

冒頭からランボーの言葉なんかが引用されるもんだから、思わず身構えてしまうのだけれど、まあ、そこまで深読みするまでもなく、ジャームッシュの描く奇妙なスペインへの旅を共にするのが本当の正解なのかもしれない。

Text:Shoichi Kajino

『リミッツ・オブ・コントロール』

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:イザック・ド・バンコレ、ティルダ・スウィントン、工藤夕貴、ガエル・ガルシア・ベルナルほか
原題:The Limits of Control
2009年スペイン・アメリカ・日本
上映時間:115分
配給:ピックス

シネマライズ、シネカノン有楽町2丁目、
新宿バルト9ほか 全国ロードショー公開中

http://loc-movie.jp/

©2009 PointBlank Films Inc.