honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

『カムイ外伝』

『カムイ外伝』

なにより素晴らしいのが、松山ケンイチのカムイである!!

09 10/09 UPDATE

1964年から描きはじめられ、まだ未完結な白土三平の劇画『カムイ伝』とスピンオフ『カムイ外伝』。全共闘世代の必読書だったりしたもので今なお熱狂的支持者が多い...と同時に敬遠されることも多いのだけれど、いずれにせよ傑作であることには違いない。ただし、やっぱり当時のマルクス思想に影響を受けていることは否定できず、いや別に否定なんてしなくてもいいのだけれど(笑)、いま映画化するにあたって、メッセージ性が全面に出てくるのも困りものだなと思っていたのだ。しかし矛盾するようだが、根底に階級闘争なくして「カムイ」ではない。そんな骨抜きな映画も観たくない。

もうひとつの問題は崔洋一と宮藤官九郎の組み合わせだ。こういっちゃナンだが崔洋一は僕の苦手とする監督の筆頭で、題材はともかくとして、パワフルというか土俗的というか、その泥臭くなりがちな演出スタイルが僕に合わない。さらに在日朝鮮人問題やマイノリティの視点を積極的に作品に持ち込んでいる作家であるから、カムイを扱ったとき、過剰にそちらのほうに傾きやしないか? それに、である。崔洋一とクドカンのコンビってのはどうなんだ、と(笑)。笑いのセンスがぜんぜん違うではないか。

というので僕はかなり心配しながら観はじめたのだが、いやあ、面白いじゃないの! 

最初に白土の劇画を抜粋しつつ物語の背景が語られる(山崎努のナレーションがまた、いい)。江戸初期、最下層の出身から抜け出るべく、その手段として忍者の集団に入ったカムイ。しかし忍びの世界の冷酷非情さに疑問を抱き、自由な人間として生きようと鉄の掟を破って集団から離脱。だがそれは「抜忍」......つまり裏切り者として、かつての仲間たちから命を狙われる宿命を負うことを意味していた。

と、ここまでは大前提。幼少期、ともに差別に苦しめられた女の子がくノ一となり、カムイ(松山ケンイチ)の命を狙う「追忍」として現れる、といったエピソードもはさみつつ、物語はダイナミックに展開していく。なんせいきなり、殿様の愛馬の脚をぶった切って持ち去るヤツが現れる!

もちろんCGなのだが、馬は血を噴き出しながら転倒、動物愛護団体が卒倒しそうな描写だ(笑)。これは馬の蹄から優れた漁具を作るための、権力など恐れぬ漁師・半兵衛(小林薫)の犯行。彼を窮地から助けたことから、カムイは半兵衛の暮らす島へと渡る。だが、半兵衛の妻スガル(小雪)も実は抜忍、カムイを追忍と思いこみ警戒心を露にする。だが娘のサヤカ(大後寿々花)はカムイに恋心を抱くのだった。そんな一色即発の危険を帯びた人間関係のバランスは、サヤカに恋心を抱く村の青年の嫉妬によって破られて......。

なかなかに波瀾万丈、海洋冒険映画的な要素も大きく飽きさせない。さらにここに「渡り衆」と呼ばれる海の民が登場する。不動(伊藤英明)をカシラに、船で海を渡りながら鮫退治の雇われ職人として生活しているこの者たち。じつは彼らも抜忍なのだが、森山開次や小林十市といったダンサーも加わった汎アジア的な踊りも見せるなど、脱国境的な海洋民ならではの開放感も伝わってくるのが面白い。

そしてなにより素晴らしいのが、松山ケンイチのカムイである!! 忍者だからまず敏捷さが必要だが、ワイド・スクリーンを滑らかに、するすると疾走し横切る演技的+身体的運動神経の良さったら! 常に緊張を孕み、孤独に苦悩する青年の苦悩や怒りも全身から漂わせていて、先の『ウルトラミラクルラブストーリー』もそうだが、若手俳優の中では図抜けた感がある。

現実にはあり得ない重力操作で空中に浮遊するやフワッと着地し、間髪入れずに走り出したりする忍者たちのイフェクトもかなり自然。今ドキのアクション映画として相当イイ線いってるのではないか。......と書いてしまったが、案外周りにはこのあたりに違和感や稚拙さを感じる人も少なくないことは知っている。だが、これは劇画の忍者なのだよ。もともとCGやワイヤーにリアルなど僕は求めていないからな。画像処理した海や空も美的・象徴的に処理されていて悪くない。

終盤の地獄の展開......ことに海と空のランドスケープのラスト・ショットは、カムイの個人的闘いがつまりは階級闘争であることをはっきりと匂わせて、きっちりケジメ(?)もつけてくれる。心配していた崔洋一と宮藤官九郎、方向性がまったく違うふたりのタッグもまずは成功ではないかな。ま、両者最大の乖離点である「笑い」の要素が薄いってのはあるけどね。

Text: Milkman Saito

『カムイ外伝』

監督:脚本:崔洋一
脚本:宮藤官九郎
原作:白土三平
出演:松山ケンイチ、小雪、伊藤英明、佐藤浩一、小林薫、ほか
製作国:2009年/日本映画
上映時間:120分
配給:松竹

公開中

http://www.kamuigaiden.jp/top.html

©2009「カムイ外伝」製作委員会