09 11/20 UPDATE
いまや世界的に最注目の監督となった韓国の天才、ポン・ジュノ。おっと、「天才」なんて言葉は軽々しく使うものではないが、彼に関しては特例として構わないと僕は思う。そういえば、誰もが認める映画狂タランティーノも、「この17年間の(ということは自身の第一作『レザボア・ドッグス』以来の、ということか)世界映画ベスト20」に唯一2本もランクインさせていてニンマリさせてくれたな。
彼の映画はいっけん作家主義的ではない。というより、常にエンタテインメントとして観客を満足させることを、自らの命題として課しているようですらある。『ほえる犬は噛まない』でコメディ、『殺人の追憶』でサイコミステリ、『グエムル 漢江の怪物』で怪獣映画、と作品ごとに違うジャンルの映画に挑み、そのジャンルに属する作品として最高の完成度を達成してしまった。だが、ポン・ジュノの本当の凄さは、その時点にとどまらず、ジャンルという枠の遥か遠くまで突き抜けてしまうところにあるのだ。
そんなポン・ジュノの新作だが、あえてジャンル分けするならまたもミステリ映画ってことになるだろう。だが原題はずばり「Mother」、そう、ただ単に「母」なのだ。だからいきなり冒頭で、ススキの原の向こうから無表情にやってきたパープル系のワンピースを着た老女(というにはまだ早いが、初老というには齢である)がキャメラの前で立ちどまるや、ルンバのリズムで身体を揺らしはじめるのには驚いた。いや、ポン・ジュノの映画だから別に何が始まったって不思議ではないのだが、この喜怒哀楽すべての感情を内に秘めたような「踊り」は、一瞬にして観る者の心を掴みとる。
そう、彼女が主人公の「母」だ(役名は、ない!)。漢方薬店で働きながらひとりで育ててきた一人息子トジュンは、もう30歳くらいだけど頭の成長が子供の頃のままで止まっている。同い年の悪友に都合良く使われているようなふうもあるし、母は気が気じゃないのだ。でも心の底から息子を愛していて、店の外で佇む息子の様子を漢方原料を裁断しながらも見つめている。
そんなある日、彼らの住む小さな町で殺人事件が起こる。被害者はひとりの女子高生。死体は高台にあるビルの屋上で、外壁から上体を乗り出すような形で放置されていた。この捜査線上に上がったのが息子のトジュン。遺体の近くに、トジュンの持っていたゴルフボールが落ちていたのだ。......といって物証はこれくらいしかないのだけれど、警察はトジュンがいたずら目的で殺したに違いないとアタリをつけ、強引に連行。無理矢理書類に拇印を押させて拘置してしまうと「捜査完了」ってことにしてしまった。
息子の無罪を信じる母は、なけなしの金をはたいて弁護士を雇う。しかしハナっから無罪にする気なんてないのが判って腹を決める。もう自分で行動を起こすしかない、と爆弾酒を一気に煽るのだ。
......というふうに物語はいわば犯人探し。謎は最後までしっかり解かれるからミステリを期待して観ても十二分に満足できるものになってはいる。しかしやはりそれだけでは収まらないものが大きいのだ。器から溢れ出るものが巨大すぎるのだ。それはまさしく、どんどんエスカレートしていく母の愛である。
「母」役のキム・ヘジャは30年間韓国のTVドラマでお母さん役を演じ、「韓国の母」と呼ばれ愛されているという女優らしいが、ここでの彼女は一切これみよがしさがなく、ただ息子への愛に燃える母親そのものがいる! といった感じの究極の自然体。しかも、老母という言葉と相反するように、ときに艶かしいほどの女の匂いを漂わせるのだから実に鬼気迫るのだ。実はポンちゃん、欧米人が観れば近親相姦的だと言い出しかねないシーンをはっきりと自覚的に挿入している(笑)。でもコレって案外......なんてことさえ想像させてしまうのがこの映画の「愛」の煉獄的な深さなのだ。
自然体となれば、トジュン役のウォンビンもまた凄い。世に「自然体の演技、という名の型にはまった、作られすぎた演技」は数多くあるが、このふたりが見せてくれるものはまったく似て非なるもの。こんなのどうやって演出したのだろうポン・ジュノは。
むろんそれだけではない。ポン・ジュノ映画の魅力はまず、研ぎすまされたクールでグラフィックな映像にあるのだが、今回はもはや完璧すぎて逆にそれが欠点だと思えるほど。超ロングと超アップ、フィクスと手持ちを自在に切り替え、母と子の濃密な関係を緊張感ある画面構成の中で緻密に描いていくその手腕。母の心象をメタフィジカルな視覚的表現として突きつける「壁たち」の存在、そして荒れ野に立つ巨大な古木(『殺人の追憶』の点滴の木を想起させもする)も強烈な印象を残す。
まさに傑作中の傑作。これが映画だ。
Text:Milkman Saito
監督:ポン・ジュノ
脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ
出演:キム・ヘジャ、ウォンビン、チン・グ、ユン・ジェムン、チョン・ミソンほか
製作国:2009年韓国映画
上映時間:2時間9分
原題:Mother
配給:ビターズ・エンド
シネマライズ、シネスイッチ銀座、新宿バルト9ほか 全国公開中!
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