09 12/10 UPDATE
「イングロリアス・バスターズ」、すなわち「栄光なき野郎ども」。自らそんなふうに名乗るナチ殲滅部隊が登場する戦争映画だってんで、さぞかしタランティーノらしいぶっ壊れたヴァイオレンスものなんだろうと思ってましたよ僕は。
ま、あながち間違いではない。確かにそうとう狂った連中が出てきて大暴れしてくれることはしてくれるのだから。ただ、そうしたヴァイオレンス・アクションに映画の中心が置かれていないことは確かだ。
もとよりタランティーノは『レザボア・ドッグス』以前より、ユニークなダイアローグを書くことで注目を集めてきた。本筋に関係のないウダウダ話。どうでもいい無駄な会話。そんな饒舌が垂れ流されているあいだに、裏で緊張がじりじり沸点へと向かっていくような、そんなサスペンス。いわば本作は、そうしたタランティーノ流セリフ劇のひとつの到達点といってもいい。5つのチャプターに分けられたそれぞれのパートは、ひとつひとつが独立した短編小説のように完成されていて、異なる魅力を放っているのだ。
実は本作の主人公は「イングロリアス・バスターズ」......ナチよりも残酷非情にナチを狩るアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)率いる、主にユダヤ系アメリカ人の連合国軍秘密部隊......ではない。実質的主人公は1941年、占領直後のフランスの農村でナチに家族を皆殺しにされた美しきユダヤ人女性・ショシャナ(メラニー・ロラン)。3年後、生き延びた彼女はパリで映画館を経営していた。
......って、おお、なんて設定だ(笑)。ナチが映画というものを宣伝工作の重要なファクターと看做していたことはよく知られているが、映画狂のタランティーノはあろうことか、映画館という場でショシャナの復讐を果たさんとするのだ!
ショシャナに言い寄る若き兵士フレデリック(ダニエル・ブリュール)はたったひとりで250人の連合国軍兵を殺し、「ドイツ版ヨーク軍曹(『ヨーク軍曹』というのは南北戦争時代の英雄を描いたハワード・ホークス監督ゲイリー・クーパー主演のアメリカ映画)」と呼ばれた男。ナチの宣伝大臣ゲッベルスはその軍功をフレデリック自身の主演で映画にしたばかりで、プレミア上映の会場を探しているところだった。もちろんヒトラーはじめ、ナチの高官もこぞって出席するはず。ショシャナにぞっこんのフレデリックは、彼女の映画館でそれを催したいと申し出て......。
この情報を得た連合国は、映画館ごとヒトラーを燃やしちまうべく、「イングロリアス・バスターズ」に密命を発する。ナチ高官とのパイプ役を果たせと指令を受けたドイツの名女優......実は英国の二重スパイ・ブリジット(ダイアン・クルーガー)が登場するチャプタ-4は特に見応えあり。田舎の居酒屋を舞台に、彼女とドイツ兵と「バスターズ」とのじりじりとしたサスペンスが展開されて、まさにタランティーノ節全開。もちろん、常識をいとも軽々と覆す最終章にも驚きだ。そこでもショシャナが復讐の刃として用いるのは「映画」なのである!
おっと忘れちゃいけない。「ユダヤ・ハンター」の異名を持ち、ショシャナの家族を皆殺しにしたハンス・ランダ大佐の存在を! 冷酷非情ながら実は忠誠心とは無縁、機を見るに敏な姑息極まる男。まったくもって魅力的な悪役で、扮するドイツ人俳優クリストフ・ヴァルツは見事な怪演! これで彼はカンヌ映画祭の主演男優賞を射止めたが、それも大納得だ。時代色を無視してマカロニ・ウェスタンあるいはイタリア製戦争映画の曲ばかり流れるのも絶妙のセンス!!
Text:Milkman Saito
『イングロリアス・バスターズ』
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
製作:ローレンス・ベンダー、クエンティン・タランティーノ
出演:ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、ミヒャエル・ファスベンダー、イーライ・ロス、ダイアン・クルーガー、ダニエル・ブリュール、ティル・シュバイガー、メラニー・ロランほか
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:2時間32分
原題:Inglorious Bastards
配給:東宝東和
大ヒット上映中!
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