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物語が始まる前、いきなりこんなタイトルがあらわれる。
「この映画はフィクションです。実在の人物とのいかなる類似も、それは全くの偶然です。とりわけあんたのことだよ、ジェニー・ベックマン。ビッチ。」
いっておくけど、この映画にジェニー・ベックマンなんて女性は出てこない。でも観ていくうちにこの映画は間違いなく、作ったヤツ本人の個人的体験が大幅に活かされているのだろうと誰もが感じるはずだ......とりわけ男性なら(笑)。
実際、脚本を書いた男性コンビ、スコット・ノイスタッターとマイクル・H・ウェバーのうち、ノイスタッターは失恋の痛みの真っ最中にこれを書いたらしい。おそらくジェニー・ベックマンは(ってそのままの名前とは限らないけど)本作のヒロイン、サマーの直截的なモデルなんだろう。では主人公のトムは?......そりゃもちろんノイスタッター自身を大きく反映してはいるんだろうが、いやね、ほとんどの男性がこれに近い恋愛経験をしてきてるんじゃないだろうか? ま、ここまでヒドい女性に恋しちゃったヒトにはご愁傷様と言うしかないが、恋愛とまではいかずとも「女性って判んないねぇ......」とほとほと惑っちまう、あの忸怩たる不条理な思いは誰もが味わったことがあるはず。しょせん性差なのだ、といえばそうなんだろうけど(実際、この映画に対する受け取りようは男女差がすごくある)、じゃあ判んないなら判んないで徹底的に男性目線だけでラヴ・ストーリーを描いてやろうとしたところが聡明なんだな。
......といって、トム自身が最初のナレーションであらかじめ宣言するように「これはラヴ・ストーリーではない」。"運命の恋"を確信していたオトコの、実は"一方通行だった恋"の誕生から死までを検証した、苦笑い必至の魂の記録なのでありますね。
建築家になる夢を抱きながら、生活のためグリーティング・カード会社のコピーライターとして働くトム。ある日、社長秘書として入社してきた女性サマーにひとめ惚れ。でも言い出せずにいたところ、エレベーターで一緒になった時、トムのiPodから漏れるザ・スミスの曲に彼女が反応してから急接近。「恋人なんて欲しくない」と言うサマーだったが、やがて友達の一線を越えて......。
ふたりの物語自体はそんなふうに始まるが、すべては関係が終わった時点......出会いから500日後のトムの回想で語られるわけ。何日目に起こった出来事なのか、回想は頻繁に時制を移動する(そしてそれがテロップで示される)。離れた時制を並列させて描くことで、楽しかった時間が劣化していくことの痛みを伴った哀しみがイヤってほど追体験できるのだ。はじめてセックスした34日目の昼、IKEAで新婚家庭ごっこした昂揚感が、280日後に再びIKEAに寄ったときには完全に醒めている。「アバタもエクボ」だった彼女の魅力が、次第に「アバタはアバタ」に見えてくる。そもそも、友達から恋人に昇格したと思っていたのはトムだけで、別に彼女にとってセックスすることは「一線を越える」ことでもなんでもなかったんだ......。
はっきりいってこの女、タチが悪すぎる(少なくとも男性にとっては)。でも演じるズーイー・デシャネルがいつにも増してキュートなもんで、赦せはしないが後味がいい。そしてヒドい女にズタズタにされたトム(これまたズーイーと同じく、出演作品にハズレの少ないジョゼフ・ゴードン・レヴィット好演)もまた、自らの「恋」を検証することでひとつの"悟り"を得るのだ。それは決して大袈裟にいってるんじゃなく、実に"運命と宇宙の真実"に迫るものであったりするから、やはり酷い恋でも恋に勝るものはないなと感じてしまうワケである(笑)。
それにしてもこの新人監督マーク・ウェブ、メイン&インサート・タイトルで使われる街並みのイラスト(担当はイマジナリ・フォーシズ)も含め、タダ者じゃないセンスの良さ。サマーの肢体を愛でるトムの一人称キャメラがゴダールっぽかったり、サマーの魅力を語るシーンはほとんどトリュフォーの『あこがれ』だったり、トムが映画を観に行ってサマーへの妄想にハマるシーンはまんまベルィマンだったり、でも『卒業』的な結婚に憧れてたり、もちろんこれらはトムのいかにもな文系男子っぽさをおちょくってるわけだけど、そんな自嘲ネタさえお洒落なのだ。ザ・スミスやシド&ナンシー、リンゴ・スター等が話の重要なネタになるし、トムのTシャツがいつもジョイ・ディヴィジョンやクラッシュのジャケTだったりするのもいろいろとヒントになって楽しいですね。
Text:Milkman Saito
『(500)日のサマー』
監督:マーク・ウェブ
脚本:スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー
出演:ジョセフ・ゴードン=レビット、ズーイー・デシャネル、ジェフリー・エアンド、クロエ・グレース・モレッツ、マシュー・グレイ・ガブラー、クラーク・グレッグ、レイチェル・ボストン、ミンカ・ケリー
制作国:2009年アメリカ映画
上映時間:1時間36分 PG-12
原題:(500)Days of Summer
配給:20世紀フォックス映画
TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開中
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