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ウッドストックがやってくる!

ウッドストックがやってくる!

伝説のロックフェス開催に至るまでの
若者の成長と変革を描いた青春映画

11 1/25 UPDATE

アン・リー。つまり、李安。台湾人である。

おそらく彼ほど欧米の映画界にすんなり受け入れられたアジアの映画作家はいないだろう。いやいやジョン・ウーがいるではないかという声もあるだろうが、彼は香港で撮ってもアメリカで撮っても、自分が確立させたアクション映画のスタイルに多かれ少なかれ則った作品を作りつづけているのであって、いまのところアン・リーのように、アジア人でありながらも欧米の日常生活を正面きって描くような作品は未だ現実化していないのが事実である。

ま、日本で一般にアン・リーの知名度が高まったのは、いかにもオリエンタルな武侠映画『グリーン・ディスティニー』('00)であるかも知れない。しかし、リー(と盟友である製作者・脚本家ジェイムズ・シェイマス)が処女作以来、延々と描きつづけているテーマは、舞台がアジアであれ欧米であれ極めてドメスティックなもの。ずばり「家族」、とりわけ「父と子供」の物語なのだ。

いわゆる"父親三部作"と呼ばれる『推手』('91)『ウェディング・バンケット』('93)『恋人たちの食卓』('94)はもちろん、『いつか晴れた日に』('95)もやはり家族の物語である。アメコミものの『ハルク』('03)なんて、もはやギリシア悲劇のような壮麗凄絶な父子ものに転換してしまっていた。なかでもユニークだったのは、伝統的モラルが崩壊していく70年代初頭のアメリカ家族を描いた『アイス・ストーム』('97)である。いわば本作『ウッドストックがやってくる!』はその少し前の時代......監督曰く"純粋だったころの最後の瞬間"、言い換えればやがて拡大する家族の崩壊がささやかなかたちで芽生えた、その瞬間を抽出した作品なのだ。

タイトルで一目瞭然だけど、これはあの世紀のロックの祭典、1969年8月のウッドストック・フェスティヴァルが、NY州郊外ホワイトレイクで開催されるまでの物語。これを、誘致の張本人エリオット・タイチバーグ(タイバー)の回想録をベースに描いたものである。

オープニング・タイトルに映るのは一面のピンクの花園、そしてさびれ果てたモーテル、そして朽ちた納屋。エリオット(ディミトリ・マーティン)は両親が経営するこのモーテルを仕方なく手伝わされている34歳の男だ。ホワイトレイクでは少数派だがユダヤ人、音楽もクラリネットをフィーチャーしたあからさまにユダヤの香り濃厚なもの(作曲はダニー・エルフマン。もちろんユダヤ系)。

本業はデザイナーなのに土地の商工会議所の会頭も任されているエリオット。どうにかして町おこしを成功させたいと考えてはいるが、メンバーは年寄りばかりでロクなアイデアが出てこない。そんなとき目にした新聞記事......一カ月後に(!!)NY州の別の町で翌月行われる予定だったウッドストック・フェスティヴァルの開催許可が住民の反対で却下されたというのだ。ほとんど反射的にエリオットは事務局に電話する。するとほんの数時間で主催者一行がヘリで乗り込んで現地調査、だだっ広い農場に目星をつけると現金チラつかせて借地契約。あっという間に誘致は決定してしまった。

しかし風紀を乱すヒッピーどもがやって来るのはゴメンだと住民からは吊るし上げられ、「ユダヤ人は出てけ」と今まであからさまには言われたことのない差別言動まで喰らうエリオット。応援してくれるのはヴェトナム後遺症でイカレた親友(エミール・ハーシュ)やモーテルの納屋を借りてる前衛劇団の座長(『ファンボーイズ』のダン・フォグラー)だけだ。そんな田舎町の閉鎖的事情にはお構いなく、NYから大挙して繰り出してきた祭典スタッフ、「仕事できまっせ」感満々の彼らは田舎町の日常の100倍くらいのスピードで嵐のように準備を進めていく。このシーンなどで多用されるのがスプリット・スクリーン。60、70年代の映画でよく使われたグラフィックな画面分割処理ってのもいい。

もちろん、誰もが期待するフェスティヴァル当日の再現描写も凄い。すっかりフラワー化した警官の白バイに乗せてもらって、寸分も絶えない人・人・人の列をすり抜けながら、ステージへと繋がる長い道を往くエリオットの目に飛びこんでくるのは、まさに「世界」そのもの。当時ヴェトナムは泥沼状態、もちろん反戦を叫ぶ者もいる。ウーマン・リブ、フェミニズムを訴える団体もいるし、環境保護を呼びかける者さえいる。つまりウッドストックは音楽イヴェントであると同時に、現代に至るあらゆる社会運動の見本市でもあったのだ。ステージそのものはほぼ描写がないものの(仕方ないのだ。エリオットは結局そこまで辿りつけない)、LSDでラリった目に映る、うねりたゆたう発光する人の波の向こうに間違いなく「いま」はある。

そして忘れてはいけない、これはアン・リーの映画なのだ。家族のテーマもしっかりここに組みこまれている。ロシアから逃れてきたときの強迫観念からなのか、ほとんど乱暴といっていいほどにヴァイタルで金銭欲の強い母親と、いつもは何考えてるのか判らないしょぼくれた父親(イメルダ・スタウントン&ヘンリー・グッドマンという英国名優コンビ!)。愛しているがゆえにエリオットを田舎町にとどめることとなっていたこの両親も、チケット売りに、交通整理に、そしてみかじめ料目当てでやってきたギャング撃退にと大ハッスル。そしてエリオットもそれまで味わったことのなかったアグレッシヴな毎日の中で、自らのアイデンティティを、これからの生き方を(性的な面も含めて)見定めていく。この過程において、それまで目立たなかった父親の存在がぐーんとクローズアップされてくるところがさすがアン・リーなのだな。

text:Milkman Saito

『ウッドストックがやってくる!』
監督:アン・リー
脚本:ジェームズ・ジェイマス
出演:ディミトリ・マーティン、イメルダ・スタウントン、エミール・ハーシュ、リーヴ・シュレイバー
原題:Taking Woodstock
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:121分
配給:フェイス・トゥ・フェイス FACE TO FACE
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開中
http://ddp-movie.jp/woodstock/

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