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ミケランジェロの暗号

ミケランジェロの暗号

ミケランジェロの素描をめぐり、
ユダヤ人青年が生死の賭けに乗り出す。

11 10/03 UPDATE

第三帝国が崩壊して60年あまり、しかしナチスとヒトラーの時代を描くことにはいまだ見識と覚悟が必要とされるようである。ましてやドイツ・オーストリア、その周辺諸国ではゆめゆめ軽々しく扱うべきではないという人も多いことだろう。

そんな中、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』は衝撃的だった。ヒトラー暗殺を描く映画はあまた存在したが、起こってしまった悲劇のあまりの重さに作り手のイマジネーションを抑えてきた現実のあれこれを、なんともあっさりと無視してみせたのであるから。映画においては史実よりも真実な虚構が可能であると宣言するかのようなタランティーノの、現実と虚構の境界を思い切って突き破る意思はやはり尋常でなかった。

このチカラはいわば当事者たるドイツ・オーストリアの作家をも刺激したのだろう。それがはっきり作品からも伺えるのがこのオーストリア映画『ミケランジェロの暗号』である。といって、別にヒトラーがこの映画のなかで蜂の巣にされて肉塊になるわけじゃない(ついでに言えば、邦題から誰もが想像するだろう美術ミステリじみた要素もゼロ)。しかしこれまで"揺るぎない史実"として常にシリアスに、「被害者/加害者」という見方で描かれてきたユダヤ人とナチスの関係性が、本作ではいとも軽妙なエンタテインメントのネタにされるのだ。

1938年、ドイツに併合される直前のオーストリア。ウィーンで画廊を経営するユダヤ人一族カウフマン家に、元使用人の息子ルディ・スメカル(卑屈な演技が見事なゲオルク・フリードリヒ)がベルリンから戻ってくる。カウフマン家の跡継ぎ息子ヴィクトル(ドイツ圏きっての売れっ子、モーリッツ・ブライプトロイ)は、幼少期から一緒に育ったルディとの再会を素直に喜ぶが......アーリア人のルディはナチス党員となり、親衛隊でのし上がるためカウフマン家の秘密を探ろうとしていたのだ。その秘密とは400年間行方不明になっていたミケランジェロの素描。これをカウフマン家が所有しているという噂が立っていたのだ。

果たして、それは事実だった。しかしルディの今の真実の顔を知らないヴィクトルは、酒の勢いで素描の隠し場所まで教えてしまう。......ほどなくナチスが画廊に乗り込んでくる。「絵を渡せ、さもなくば銃殺だ。渡せばスイスへ亡命させてやろう」。ヴィクトル、そして彼の父母はやむなく従うことにする。素描はナチスの手に、一家はスイスへ......のはずだったが親衛隊隊長の策略で、カウフマン一家はそれぞれ別の収容所へ送られてしまう。
......ここまでなら、ま、よくある流れのユダヤ人の悲劇ものだ。だがここから物語は大逆転。完全に陽性のエンタテインメントへと化けはじめる。

時は経ち、1943年。戦況が不利になったナチスは、イタリアとの同盟を強固なものにすべく、奪い取ったミケランジェロの素描をムッソリーニに贈ることにする。しかし鑑定したところ...なんと絵は贋作だった! 恥をかかされたナチスはポーランドの収容所にいるヴィクトルに、絵の在り処を吐かせるべくルディを送り込む。

そんなこと言われてもヴィクトルだって絵が偽物とは知らなかった。そこで賭けに出たヴィクトル、「母を亡命させれば教えてやる!」。もはや脅しも通用しない破れかぶれのヴィクトルにルディはなすすべもなく、ベルリンへ護送して尋問にかけることにするが、移送の途中、パルチザンの銃撃でふたりの乗った飛行機が墜落! 逃げこんだのはパルチザンのアジトらしき小屋、住人が戻ってくればナチスの制服を着たルディの命はない。自分の服を着てユダヤ人捕虜になりすませばいいと服を脱いで渡し、ナチスの制服を隠そうとしたそのとき人影が......やってきたのはパルチザンではなくドイツ兵。そこでヴィクトルはまた賭けに出る。その制服を身に着けてナチスになりすまし、ドイツ兵を小屋へ導きいれた。そこにはどう見てもユダヤ人捕虜らしき男がひとり......。

「被害者/加害者」の関係が逆転してからも緊張感あるギリギリの駆け引きは延々と繰り広げられるが、その展開は軽妙洒脱、サスペンスフルでありながらももはやコメディ。僕はこの監督ヴォルフガンク・ムルンベルガーの作品を観るのははじめてだが、とにかくハナシの転がしかたがやたらと巧いのだ。それでも非ユダヤ人である監督は演出中も「ここまでナチスをコケにしていいのだろうか?」と悩んだというけれど、そんな自分を後押ししてくれたのが『イングロリアス・バスターズ』と、その観客の反応だったという(それに脚本はユダヤ人のポール・ヘンゲだ。彼は'90年に、アーリア人になりすまして生き延びたユダヤ人少年の実話『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパヨーロッパ』を書いている)。とにかくエピローグまで爽快感たっぷり......って、おいおい、ホントにこれでいいのか? うん、これでいいのだ。

text:Milkman Saito

原題: Mein Bester Feind
英題: My Best Enemy

監督: ウォルフガング・ムルベルガー

脚本: ポール・ヘンゲ

出演: モーリッツ・プライプトロイ、ゲオルク・フリードリヒ、ウルズラ・シュトラウス
制作国: オーストリア

制作年: 2010

上映時間: 106分

配給: クロックワークス、アルバトロス・フィルム
、TOHO シネマズ シャンテ ほか全国ロードショー中

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