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女と銃と荒野の麺屋

女と銃と荒野の麺屋

「三発の銃弾のとんでもなく奇妙な話」
嘘と欲望が混在する壮絶なバトルエンターテイメント

11 10/04 UPDATE

チャン・イーモウ(張藝謀)とコーエン兄弟。ほとんどまったく接点がないように見えるこのふたり......つか、三人。まあ、映画祭で会ったりしたことはあるかも知れないけれど、実際、深い交友があるとは考えにくい。

でも張藝謀はコーエン兄弟の最高傑作......と、つい僕のように、コーエン兄弟の面白さを本質的に理解できない者は断言してしまいたくなる、あのデビュー作『ブラッド・シンプル』を「幾度となく脳裏に甦らせ続け」ていたのだという。なんと本作はそのリメイクなのだ!

オリジナルが作られたのは'84年。「誰も知らない新人監督が作ってしまった、規模は大きくないもののキリっとしたまとまりをみせる、脚本的にも映像的にも秀逸なサスペンス」として、のちにタランティーノが『レザボア・ドッグス』で現れたときや、クリストファー・ノーランが『メメント』で現れたとき、また最近では『アリス・クリードの失踪』なんて作品がぽっと出てきたときなんかに決まって引き合いに出されることになる。いわば「新人監督としていちばんカッコいい登場の仕方」の見本なのである。

'84年当時、張藝謀は撮影監督したり俳優やったり(彼は高倉健のそっくりさんで有名だった)の時期で、監督デビュー前だったはず。そんな彼が『ブラッド・シンプル』を観て『紅いコーリャン』を作りあげるバネにした......なんてエピソードがあれば映画史的には極めて面白いけれど、なんせ中国だ、リアルタイムってことはまずないだろう(藝謀は「20年以上前に観た」と言っている)。でも考えてみれば、初期の傑作『菊豆(チュイトウ)』('90)もドロドロだけど黒い笑いに満ちた、殺人も絡む家庭内愛憎劇だし、どちらも映像をことのほか重要視するし、基本的に歌舞いたところのある作家だしで、確かに近似性がないことはないのよね。ちなみに本作でクレジットされる『ブラッド・シンプル』の中国語題は、いかにもクライム・サスペンスな感じで「血迷宮」。本リメイク作の原題は「三槍拍案驚奇」...「三発の銃弾のとんでもなく奇妙な話」ってところか。このふたつの中国題の温度差に表れているように、元ネタのサスペンス性よりもリメイク版はずっと寓話性というか、小説ジャンルでいうところの「奇妙な味」性、「故事・奇聞」性が高い。

オリジナルの舞台はテキサスの片田舎、石油採掘のリグがあちこちで蠢くだだっ広い土地の中のいかにもノワールな夜の酒場。張藝謀はそれを、浸食の跡をくっきりと残し、地層をむき出しにした中国辺境の大荒野に置き換える。見渡すかぎりの丘や小山、無数の凸凹に囲まれた寂しい集落。それは日々刻々とさまざまに、どぎついほどに色を変化させてまるで異世界の趣き(デジタル加工してるのだろうが)。そこにぽつねんと建つ、場違いなほどに立派な麺屋がこの「奇妙な話」の舞台だ。ちなみに、いつの時代とも知れぬ物語、近・現代でないことは確かである。

強欲で醜悪な店の主人ワン(衣装の基本色は紫)に金で買われ、毎夜変態チックにいたぶられている妻(衣装の基本色は緑)は、ある日ペルシャからやってきた(?)英語を喋る行商人から一丁の拳銃を手に入れる。籠められた銃弾は三発。その取引の現場に立ち会っていたのが3人の店員。見るからに気弱で臆病なクセに妻と不倫しているリー(衣装の基本色はピンク)。お人好しに見えて実は狡猾なジャオ(衣装の基本色はオレンジ)、その彼女で口数の多い小柄なチェン(衣装の基本色は青)。

抜け目のないジャオは情報料目当てにこのことをさっそく主人に密告する。きっと妻は自分を撃ち殺すと確信した主人は、妻の不倫の事実を密告してきた巡回警察官のチャン(衣装の基本色は鎧の黒。演じるは、不敵な面構えで売れっ子のスン・ホンレイ)にふたりの殺害を依頼する......。

まるで中川家礼二+次長課長河本のようなチョンマゲ出っ歯のジャオと、多少大人しい松野明美のようなチェンのコメディ・リリーフカップルを除けば、プロットは確かに『ブラッド・シンプル』そのまんま。『ブラッド~』といえばあのシーンあのラスト、もちゃんと再現してるし、張藝謀、けっこう律儀なのではあるけれど、ここまで設定が違うともう完全に別物って感じもある。とりわけ事態が複雑さを増していく後半はひたすらブラック・コメディ色濃密になり、ここで活きてくるのが麺屋の四合院ふうの造り。クラシカルともいえるドタバタ喜劇的シチュエイションに、じつに効果的なのだ。

すっかり国民的作家に成り上がってもこういうの作っちまう張藝謀、まったく憎めぬ男よの。、中国の人気コメディアンを使っているようだが、おそらく笑いの質は中国的大衆の望むそれとはまったく違うもののはずだ。まあ多少たくらみが上滑ってるところがないではないが(中盤などほとんどパントマイム劇である)、『キープ・クール』('97)以来ひさびさの振り切れようである。案の定、国内では酷評だったらしく、次作『サンザシの樹の下で』ではきっちり大衆(と党)に迎合し、「国民的作家」を装ってみせたのもまた張藝謀らしいんだけどね。

text:Milkman Saito

原題: 三槍拍案驚奇
英題: A Woman, A Gun and Noodle Shop

監督: チャン・イーモウ(張藝謀)

出演: ヤン・ニー、ニー・ダーホン、スン・ホンレイ、シャオ・シェンヤン、チェン・イェ、マオ・マオ
制作国: 中国
映画
制作年: 2009年

上映時間: 90分

配給: ロングライド

全国上映中!
http://www.kouya-menya.jp/

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