11 11/16 UPDATE
一体どうしたんだ、ゴア・ヴァーヴィンスキー。アンタがやりたかったのはこういう映画だったのか? どうして次々とスターたちの大作を任せられるのか謎の、大味で一本調子な二流職人だと思ってたぜ。ところが何だ、この凝りまくりようは! ちょいと異常なほどのディテイル狂ぶりなのである。
あ、まず最初に本作は、完全にアニメーション映画だといっておかねばならない。といっても、これはいわゆる「モ-ション・キャプチャー」を用いたもの。つまり主役のジョニー・デップをはじめとする俳優陣の表情や動きをデータ化し、ダイレクトにアニメのキャラに反映しているということだ(声の出演はもちろんのことである)。ま、本作の場合、『アバター』などと同じく「エモーション・キャプチャー」と称しているが(要するに「動き」だけでなく「感情」もすくいあげているということだろう)基本的な技術は同じである。
しかしこれが素晴らしい! 僕は今までモ-ション・キャプチャーを毛嫌いしていたが、それは制作者・アニメーターの審美眼を疑う、あまりにも非人間的・非生物的な動きが目についたからだった(ヒトの動きを美的な視点で考えず、データ的なものでのみ捉えるからだろう)。また、単にライヴ・アクションの代替物としか思えぬような作品ばかりだったことも大いに関係する(ロバート・ゼメキスの近年の映画や、スピルバーグの新作『タンタンの冒険』も残念ながら例外ではない)。
だが本作では、動きの不自然さはほぼ払拭され、と同時に、じゅうぶんカートゥーン的なキャラクターとして成立しているのだ。たとえばジョニデはカメレオン、ネッド・ビーティはカメ、ビル・ナイはヘビと化しているが、止め絵で見ればおそらく誰が何の動物を演じているか誰にも判別できまい。しかし動いているのを観れば驚くべきことに、本人とは似ても似つかぬ動物キャラ(といって面影は確かにあるのだけれど、あからさまに似せてはいない)の内に、その俳優独自のアクションだけでなく表情までもが確かに見て取れるのだ。キャラだけでなく、背景の細部に至るまで緻密そのもの(正直、観ていていささか疲れるほどに、だ)。これは間違いなくモ-ション・キャプチャー映画の概念を変える、現在のところ最先端の作品だといっていい。ちなみに本作は、巨大SFX工房ILMがはじめて本格的に手掛けたアニメーションである。
そして物語。完全に西部劇......しかもマカロニ・ウェスタンである。さまざまな映画へのオマージュはあるがパロディではない、ほとんどド直球だ。しかもそこには「自己発見」についてのいささか哲学的な装いがある。
主人公は人間に水槽で飼われていたカメレオン。彼は自分を俳優だと思い込んでいて(というか思い込もうとしていて)、魚のアクセサリ相手にシェイクスピアの「十二夜」なぞ演じている。彼は巧みにさまざまな役を演じられると自負している。しかしほんとうの自分というものがどこにあるのか、どういうものであるのか、狭い閉じられた空間の中で見つけられずにいるのだ(ここでもジョニデのちと自意識過剰気味なところが活きている)。ところで"カメレオン"というこの設定。さまざまに身体の色を変えられる、といった特徴など、この後の冒険の中でも何ら発揮されることなく、ただ「何にでも変身できるが実体がない」という抽象的な意味あいでのみ機能してるってのはちょっと異常じゃないか? 少なくとも、この映画にお子様向けの計らいはほとんど無い。
そんな彼の世界が突然激変する。飼い主のドライヴ中の事故で、彼は水槽ごと下界に放り出されてしまうのだ。そこは灼熱のモハヴェ砂漠。彼は、クルマに轢かれたまま路傍でひっくりかえっている哲人アルマジロ(アルフレッド・モリーナ)に導かれるまま砂漠へと歩みだす。
捕食者・タカの襲来に見舞われながらも、やがて辿り着いたのが砂漠の町ダートタウン。そこは車椅子に乗ったリクガメの町長(ネッド・ビーティ、いかにも彼らしくいやらしい役回りだが、同時に『チャイナタウン』のジョン・ヒューストンそのままだ)が水道の利権を握る渇いた町。サルーンでいきなりならず者に絡まれたカメレオンはいつかTVで観た荒野のガンマンになりきった。とっさに名乗った名前は「ランゴ」......もちろんフランコ・ネロ演じるジャンゴのもじりである。
無敵のガンマンと信じられ、保安官に任命されたランゴは、奪われた水を取り戻しに有志の住民たちが結成した自警団とともに荒野へ捜索に出る。町の地下をめぐる巨大な水道パイプ、それを抜けたとき、コウモリにまたがったプレーリードッグ(ハリー・ディーン・スタントン)の盗賊団が「ワルキューレの騎行」に乗って空から襲ってきた!
......というふうに、派手なアクション・シーンもかなり多いのだけれど、全体的な印象はすこぶる渋い。なんたって迷えるランゴがやがて逢う「西部の精霊」......これがもうそのまんま、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』の"あの人"なんである(オスカー像らしきものを3体ほど車に積んでるけど)。音楽もはっきりエンニオ・モリコーネ的。そして主にダートタウンのシーンはマカロニ的、というかはっきりセルジオ・レオーニ的な煽りやアップの構図が多く、情景描写にもそんな匂いがプンプンしている。
音楽といえばこの映画、冒頭からフクロウたちのマリアッチ楽団が「語り部」の役割を演じているのにニヤリ。『メリーに首ったけ』などもそんな形式を取っていたが、元はといえば異色ウェスタン・コメディ『キャット・バルー』('65)のスタイルであるからして。ホント、判ってるのである。企んでるのである。
ま、ヴァーヴィンスキー映画の常で、詰め込みすぎで起伏に乏しく、いたずらに疲れるという欠点は明らか。でもここまで自分の趣味を徹頭徹尾「画」にしたのは感嘆に値するし、計算づくでいくしかないアニメーションという手法はあんがい彼に合っていたのかも知れないな。
text:Milkman Saito
原題: Rango
監督: ゴア・ヴァーヴィンスキー
出演: ジョニー・デップ、アイラ・フィッシャー、アビゲイル・ブレスリン、アルフレッド・モリーナ、ビル・ナイ、ハリー・ディーン・スタントン、レイ・ウィンストン、ティモシー・オリファント、
制作国: アメリカ
映画
制作年: 2011年
上映時間: 107分
配給: パラマウント
http://www.rango.jp/
新宿バルト9他全国ロードショウ上映中!
© 2011 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED