11 12/02 UPDATE
やはりSF者の血が濃いのである、この男。
なんせ父親がジギー・スターダストである、スペース・オディティである、地球に落ちてきた男である。つまりデイヴィッド・ボウイの息子なのである、本作の監督ダンカン・ジョーンズってのは。
デヴュー作『月に囚われた男』は、ほぼひとり芝居、ほぼ限定空間、低予算ミエミエというつくりながら、SFマインド溢れる脚本とセンス抜群の理系ヴィジュアル、クラシカルな特撮(そう、"SFX"じゃなく!)で世のSF者をニヤリとさせた。そして第二作となる本作もまたSF,なんとなく大作感はあるが、ま、観てもらえれば判るとおり、そんなに規模は大きくない。さすがにひとり芝居ではないけれど、基本は限定された空間が舞台となるのも共通性がある。さらに今回は、限定された「時間」の中で展開するのだから挑戦的だ。しかし面白さは格段にアップ、終始SF心を刺激しまくってくれる、SF者によるSF者のための大傑作となった。
突然目覚めた青年コルター・スティーヴンス(ジェイク・ギレンホール)は目の前の席に座った見知らぬ女性が話しかけてくるのに驚いた。しかも、とても親しげに。いったい誰なんだ、彼女は? そもそもおれはここはどこなんだ? 米国陸軍大尉の俺はアフガニスタンで戦闘ヘリを操縦しているはずじゃないか。
だがコルターが居るのはシカゴに向かって走る列車の中だった。なぜ? 何があったんだ? 不条理な状況に混乱した彼は、気を落ち着かせようと洗面所に駆けこんだ。鏡に映った自分をチラリと見る......まさか。まるきり別人じゃないか! 上着のポケットに入ったIDカードも別の名前だ。どうなっちまったんだ、俺は!......と煩悶する彼をいきなり巨大な炎が呑みこんだ。
......しかしコルターは死ななかった。意識を取り戻した彼は、今度は黒い多面体状のポッドに繋がれているのに気づく。目の前の小さなモニタ画面から女性の声がする。記憶を探る。旧知の空軍大尉グッドウィン(ヴェラ・ファーミガ)に違いない。では彼女の後ろで身を隠すようにして指示している車椅子の黒人男性は誰だ?
さらにグッドウィンはワケの判らないことを質問してくる。「大尉、何を見たか報告して。列車を爆破したのは誰?」 そんなのコルターが知るよしもない。すると明らかに焦った調子のグッドウィンが命令した。「もう一度行って。今度も8分間。爆弾の場所を探して!」
意識が消える。と、コルターは再びさっきの列車の中、謎の女性の前にいた。
......この映画の第一章にあたる部分は見事に謎だらけだ。主人公コルターは自分がどういう状況下にあるのか何も判らないまま、何度も何度も爆発8分前の列車の中に強制的に飛ばされ、捜査させられる。どうやら肉体はポッドに繋がれたままで、意識だけが特定の、見知らぬ列車の乗客とすりかわっているらしいが、飛ばされるたびに微妙に周りの状況は変わっているし、自分で変えることも可能。つまりコルターが送りこまれているのはパラレル・ワールド、彼はまさに多層世界理論でよく援用される「シュレーディンガーの猫」そのものなのだ。
とりわけ映画というジャンルでは、こうした「ループもの」......特に「主人公らがとても能動的なループもの」には傑作がたびたび出現する (例えば『恋はデジャ・ブ』『リバース』『タイムアクセル12:01』etc.)。しかしひとりの人間の身体と意識が明確に分離され、身体と意識それぞれの物語が相関しながら進行していくというのはおそらく初めてだし、たまらなくセンス・オブ・ワンダーを刺激する疑似科学的プロットと、間断なく意表を突きつづける知的なゲーム性はSF者の血を騒がせるに充分だ。もちろん、ニュー・タイプのスパイ映画 (なるほど、邦題はそういうことか)として観ても上出来である。
だが物語が進むにつれ、さまざまなドラマが浮かび上がってくる。コルターが背負わされた過酷な運命とその克服。クリスティーナ(つまり目の前の、同乗している女性だ)のファンタスティックなラヴ・ロマンス。ずっと気にかけていた父親との関係性。そしてグッドウィンとの心の交流。そうした人間的な情緒が、この映画を単なるノンストップ・サスペンス以上のものにしているのだ。発想こそ奇抜で斬新だが、映画のつくりは意外とクラシカル。それは画づくりや音楽(ジェリー・ゴールドスミスばりのオーケストラ・サウンドだ)にも観て取れるし、こんなにてんこもりで上映時間たった94分ってのも気概を感じさせるじゃあないですか。
text:Milkman Saito
原題: Source Code
監督: ダンカン・ジョーンズ
出演: ジェイク・ギレンホール、ミシェル・モナハン、ヴェラ・ファーミガ、ジェフリー・ライト
制作国: アメリカ
映画
制作年: 2011年
上映時間: 94分
配給: ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
http://disney-studio.jp/movies/mission8/
©2011 Summit Entertainment LLC All right reserved.