12 2/23 UPDATE
44年間連れ添った妻に先立たれた75歳の夫、ハル。ところがその4カ月後、突然「私はゲイだ」と衝撃のカミングアウト!「これからは本当の意味で人生を楽しむことにする」と宣言した彼は、38歳・独身・ノンケの息子オリヴァーの戸惑いも尻目にゲイの世界に飛びこんで、若い恋人まで作り、第二の人生を謳歌しはじめる......。
監督&脚本マイク・ミルズの実体験そのままというこのエピソード。あまりにも面白すぎるし、ゲイ・カルチャーの描写もあまりに自然体なもんでジェンダーをめぐる映画だとうっかり思ってしまいそう。それは決して間違いではないのだけれど、実はもうひとつ、対の軸を成す物語があるのだ。
カミングアウトから5年後、ハルは癌であの世へ旅立つ。オリヴァーの心を覆う深い喪失感。とともに少年期の思い出、奇矯に思えた母の行動が繰り返し脳裏に浮かぶ。果たして両親に愛はあったのか? ふたりのあいだに生れてきた"僕"っていったい何?......考えるたび憂鬱になるオリヴァーの前に、キュートだけどかな~り変わったフランス人女性・アナが現れる。なんせ初対面のときはなぜか一切喋らずにずっと筆談、女優が職業らしく始終あちこちを飛び回っている。自分と同じニオイを感じたオリヴァーはすとんと恋に落ちてしまうが、恋愛関係を自ら何度もコワしてきた過去を思うと悲観の虫がまた頭をもたげ......。
時系列で書くとそんな物語だ。でもこの作品では、新しい恋に逡巡するオリヴァーの意識の流れそのままに、時制の異なる三つのできごと(少年期の記憶、父の末期、現在の自分)が頻繁に交錯する。しかし不必要に混乱させず、ところどころにクールなグラフィック処理も挟んでウェットに堕さないのが、今さら経歴を書き綴ることもないだろうってくらいにゼロ年代のカリスマ・グラフィック・デザイナーであったマイク・ミルズのバランス感覚。作品中、アート・ディレクターであるオリヴァーの作品としてミルズ自身によるイラストも出てくるが、いうまでもなくオリヴァーとミルズは(フィクショナルな要素を大いに交えながらも)ほぼイコールの関係にある。
だが、こうした時制の交錯、あるいはポップな映像処理によって浮かび上がってくるのはかなりシリアスな問題だ。それはオリヴァーの父母の世代......明るく健全な「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を標榜した'50年代の裏の顔。
父は早くからホモセクシュアルであることを自覚しながらも、とてもじゃないが表明なんてできなかった(写真で示される公衆トイレのわびしさ...)。のちに美術館のディレクターとなってからは、ハーヴェイ・ミルクが殺されたときのぬいぐるみ展覧会にゲイ・プライドのメッセージをひそかに織り込んでいたことも知る。また母はユダヤの血を引いていたが、それを隠さないと差別の対象となり"明るく健全に"暮らせなかった。アナもまた、親との関係をうまくコントロールできないでいる。父がしょっちゅう自殺をほのめかす電話をかけてくるのに悩んでいるのだ(演じるメラニー・ロランもユダヤ系だ)。
オリヴァーとアナ、似たもの同志のふたりは明らかに同質の不安定さを抱えている。オタク世代の、内向きで、自己撞着的で、自己中心的な煩悶であるのは否定できない。だが父母の経てきた人生を考えたオリヴァーは思い知るのだ。父や母の強いられた苦悩に比べ、僕たちの世代の悩みなんて、なんと脆弱なことか!
そこで父の最期の5年間が、恋をためらうオリヴァーを後押しする。明日の人生を楽しむ方法......それは過去の呪縛から逃れ、いざとなれば「初心者」としてすぱっと生きなおせる勇気なのだよ、と。新しい目で未来を捉えなおそうとする、ほんとうの明るさと健全さがここにある。
今年の助演男優賞レースで本命視され、すでにいくつもの賞を得ているハル役、クリストファー・プラマーの"あからさまにゲイっぽくはないけど、ものすごくゲイっぽい"演技はまちがいなく感動的。しかし、スターの空気を綺麗さっぱり消し去った(冒頭10分ほど、誰だか判らなかったぞ) オリヴァー役のユアン・マクレガー、そしてどんな格好しても美人だけど内面の不安定さを露呈するほどより可愛くなるアナ役メラニー・ロランも素敵だ。あ、オリヴァーの内なる声を代弁する(?)まるで『マルモのおきて』のムックのようなわんこ、アーサー君もいい。そして何よりマイク・ミルズの、享楽的に生きることにどうしても億劫になってしまう者たちに対する、優しくもまっすぐな視点が沁みる一作である。
text: Milkman Saito
原題: Beginners
監督: マイク・ミルズ
脚本: マイク・ミルズ
出演: ユアン・マクレガー、クリストファー・プラマー、メラニー・ロラン、他
制作国: アメリカ
制作年: 2010
上映時間: 105分
配給: ファントム・フィルム、クロックワークス
全国にて大ヒット公開中!
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