12 2/14 UPDATE
クリント・イーストウッドとジョン・エドガー・フーヴァー。
この妙な組み合わせ、さぞ激烈な作品になるだろうと予感したのは僕だけじゃないだろう。なんせイーストウッドは『父親たちの星条旗』などで、個人の尊厳を冒涜する権力の誤った行使に対して強烈なアンチを表明してきたリバータリアン。フーヴァーほど自らの権力保持のために他人のプライヴァシーを踏みにじり、"権力を誤って行使"してきた人物も稀ではないか。イーストウッドの嫌悪の対象になっても何の不思議もない人物である。
しかし、できあがった映画はそんなに単純なものではなかった。ま、当たり前か。オリヴァー・ストーンみたいな、何の芸もない善悪二元論的描き方をイーストウッドがするわけないのである。
むろんこの映画では、48年間もの長きに渡り、FBIを牛耳ったフーヴァーの履歴が語られていくわけだが......老境にさしかかったフーヴァー自身による「回想録のための口述」というフィルターがかけられている。時代は'60年代、公民権運動の時代。レイシストであるフーヴァーはキング牧師を貶めようと、(十年一日のごとく)共産主義者との関係をでっちあげ、それをネタに匿名で牧師を脅そうとするが、長年の秘書も口述筆記を引き受けた作家も、さすがに彼の時代遅れな「信念」(そう、本気でフーヴァーはキング牧師を、昔ながらの"国家の敵"と見做しているのだ)についていけなくなっている。
そしてニクソンのホワイトハウス入り......これがフーヴァーの自尊心を踏みにじる。FBI長官となって以来、それまでの7人の大統領については、スキャンダルを含むプライヴェイトな情報を徹底的にファイリングすることで尻尾を掴み、自分の地位と権力を守り続けることができた。しかし8人目の大統領であるニクソンは、唯一フーヴァーに匹敵する"権力の亡者"であり"悪人"だったのだ。いわばこの映画で描かれるフーヴァー一代記とは、(本人は正しく認識していなかったかも知れないが)明らかに没落期にあり、ひょっとするとモウロクさえしはじめていたかもしれないかつての権力者自身による自慢話なのである。そんなもの信用できるか?......もちろん信用できないワケだ。
だがイーストウッドは、そうしたフーヴァーの俗物性をためらいなく描きこそすれ、必要以上に貶めたり戯画にしたりはしない。むしろ、彼の一方の顔......揺るぎのない愛国心の持ち主であること(まあ、多分に偏執的にみえるが)はもちろん、はじめて科学的な鑑識捜査を導入したり、国民個別のデータをファイル化したりといった、現在の危機管理に必要不可欠な要素を導入した革新者としての側面も正当に紹介する。正直言って......イーストウッドはフーヴァーにさほどの悪感情を抱いていないようなのだ。
ぶっちゃけ「フーヴァーという男が映画になる」と知った時、多くの人の興味は彼の裏の顔......「マザコンで、女装者で、ホモセクシュアル」だってところをイーストウッドがどこまで描くか、というところにあったはずだ。果たして......。
なんと真っ正面。実際のところ、"権力の亡者"であったり"FBIの代名詞"であったりすることなど見事に吹っ飛んでしまうほどに、イーストウッドはそちらをクローズアップする。もちろん脚本が『ミルク』のダスティン・ランス・ブラック(当然ゲイ)だってことも大きいが、次第に映画がフーヴァーとクライド・トルソン(長年の彼氏であり片腕でありFBI副長官)とのラヴ・ストーリーへと収斂していくのには驚きを禁じ得ない(笑)。ふたりが最初に出会うシーンからしてむせかえるようにラブラブ、終盤に訪れる作劇上のクライマックスでは例のセンティメンタルなイーストウッド・メロディも炸裂して泣かせる泣かせる。考えてみればいい、イーストウッドの前作『ヒア アフター』も超心理モノだと思って観たらなんと純愛映画だったではないか! 81歳の御大、どうやらいま、恋愛モードにあるようなのである。
むろん、フーヴァーを演じるレオナルド・ディカプリオも頑張っている。老けメイクが異常にチープだが、おそらく「見た目のリアリティなどどうでもいい」という演出哲学だろう。ただし、かなりのところスコセーシ監督の『アビエーター』でのハワード・ヒューズ像と重なるが、それはモデルが実際相似形だし、ディカプリオもイーストウッドもはっきり意識しているに違いない。だがディカプリオ以上にトルソン役のアーミー・ハマーがいいねえ。ハリウッド的メロドラマの相手役として充分なお目目キラキラぶりである。
text: Milkman Saito
原題: J. Edgar
監督: クリント・イーストウッド
脚本: ダスティン・ランス・ブラック
出演: レオナルド・ディカプリオ、ナオミ・ワッツ、アーミー・ハマー、ジョシュ・ルーカス、ジュディ・リンチ他
制作国: アメリカ
制作年: 2011
上映時間: 138分
配給: ワーナーブラザーズ
全国にて大ヒット公開中!
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