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別離

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些細な嘘から始まる社会派ミステリー

12 4/01 UPDATE

アッバス・キアロスタミやモフセン・マフマルバフら著名な監督の名を挙げるまでもなく、イランは実は世界有数の映画大国だ。'79年のホメイニ革命で言論の自由は大きく制限されたが、それ以前もそれ以後も、数々の名作・傑作を生み出してきた(つか、"それ以前"のモノ凄さをもっと広く知らしめられないものか...)。

ま、そんなイランの映画なのであるが、これほどの具体的な栄誉を受けた作品はかつてなかったかも。アカデミー賞の外国語映画賞受賞、オリジナル脚本賞ノミネートはじめ、現在までに受けた世界の映画賞は80個以上。たしかに、それだけの面白さを誇る作品だ。

映画は離婚調停人の前にいるひと組の夫婦からはじまる。でも調停人は声しか聞こえない。キャメラはずっと二人を映し続ける。妻のシミンは1年間奔走してやっと取得できた海外移住許可があと40日で切れるから、その前に家族で出国した​いという。理由は「11歳になる娘の将来のため」らしい。一方、夫のナデルは移住なんて考えられない、という。なぜなら同居しているアルツハイマーの父親を介護しなければならないからだ。すると妻は「あなたの名前も思いだせないお父さんなのよ!」などと、むちゃくちゃプラグマティックに言い返す始末。

でも結局離婚は認められずに決着は裁判所に持ち越され、妻のシミンは夫と娘を残し実家に帰ってしまう。困ったのは夫のナデル、家にいない日中、父親の介護をする者がいなくなってしまったのだ。そこで彼は、夫が失業中で経済的にかなり困っているらしいラジエーというひとりの女性を雇うことにする。

幼い娘を連れてバスを乗り継ぎ、朝、ナデルの家にやってくるラジエー。しかしナデルの父が失禁してしまったり、目を離した隙に街中にふらふらと出て行ってしまっても、なすすべもなくおろおろするしかない。彼女はおよそ「介護」などという職には向かぬ、見知らぬ男性の体に触ること自体が罪になるのでは、と恐れるほどの敬虔なムスリムだったのだ。

ここまでのハナシだと、移住や格差や老人介護、そして宗教といったイランにおける社会問題を扱った映画に見えるだろう。それはそれで興​味深いものではある。しかし映画は"ある事件"をきっかけに、ナデル夫妻vsラジエー夫妻の告訴沙汰へと発展、いわば法廷劇的な展開を見せ始めるのだ。しかも容疑は「殺人罪」。そこで証言されることは真実なのか、嘘なのか。嘘だとすればなんのためにそれはつかれたのか。

この映画の監督・脚本アスガー・ファルハディは、日本でも公開された前作『彼女が消えた浜辺​』でもミステリ的なスタイルを用いて現代イランの問題を描いていたが本作も同様。ファルハディ自身も「探偵のいない探偵映画」といっているが、「守るべきひと・もの」のためについた嘘が、ふた組の夫婦とその娘たちを翻弄して​いく、という人生の皮肉そのものなプロセスは実に普遍的だ。​劇作家出身だけあってダイアローグの巧さ、構成力は超一級。つまり「社会派ミステリ」としてこの映画は完成されていて、オスカーはじめ80冠以上をモノした理由でもあるだろう。

しかし覆いようもなく、この映画の「謎解き」の核心にはイスラーム社会、イラン社会なら​ではの特殊な事情が絶大に横たわっている。アフマディネジャド政権下の現イランでは言論の統制が敷かれ、反政府的な芸術家の多くが国外に逃れ、あるいは亡命し、国内に残った作家の幾人もが投獄されたのち理不尽な判決を言い渡されたりで国際的な問題になっている。そんな中、間違いなくフ​ァルハディも現政権に批判的なのだが、なぜかいまだ国内に残っ​て映画を撮り続けている人物。そんな微妙なスタンスを取る彼の本音が、ときにシミンの声、ときにナデルの声、ときにラジエー夫妻の声として作品中のあちこちで聞こえるよう​に感じるのは僕だけか。オスカー授賞式に彼が出席できたのはか​なりの驚きだったが(イラン政府のイメージアップ戦略を逆手に取​ってのことだろうとは思うものの)、スピーチの内容といい、この作品における「ほのめかし」というにはあまりに旗色鮮明な​メッセージといい、実に挑発的でさえあって、おいおい大丈夫かファルハディ、とつい心配し​てしまうんだな。

text: Milkman Saito

製作・監督・脚本: アスガー・ファルハディ
出演: レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト、サリナ・ファルハディ、ババク・カリミ
撮影: マームード・カラリ
編集: ハイェデェ・サフィヤリ
2011年/イラン/123分/カラー/デジタル/1:1.85/ステレオ/ペルシア語
原題: Jodaeiye Nader az Simin
英題: Nader and Simin, A Separation
日本語字幕: 柴田香代子 /字幕監修: ショーレ・ゴルパリアン
配給: マジックアワー、ドマ

4月7日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー 

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